長野 国助(読み)ナガノ クニスケ

20世紀日本人名事典 「長野 国助」の解説

長野 国助
ナガノ クニスケ

大正・昭和期の弁護士 日弁連会長;全国人権擁護委員連合会会長。



生年
明治20(1887)年6月11日

没年
昭和46(1971)年4月12日

出生地
愛媛県

学歴〔年〕
明治大学法学部〔明治45年〕卒

経歴
大正7年弁護士登録。10年自由法曹団結成に参加。昭和11年総選挙での警察の人権蹂躙を糾弾するなど、人権事件を多く担当した。最高裁裁判官任命諮問委員、東京弁護士会会長、日弁連会長、全国人権擁護委員会連合会会長のほか日本アジア連帯委員会理事長、日ソ交流協会理事長、日中文化交流協会顧問、日朝協会会長などを歴任した。その間、25年レッドパージでは自由法曹団の解散を主張して脱退。39年ブラジルのクーデターでは国際弁護団団長として活躍した。中野学園理事長、明治大学理事長なども務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「長野 国助」の解説

長野 国助 (ながの くにすけ)

生年月日:1887年6月11日
大正時代;昭和時代の弁護士。日本弁護士連合会会長;全国人権擁護委員連合会会長
1971年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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