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唐の中宗の皇后。中宗が母の則天武后に廃されていたとき内助の功があり,中宗の復位後,武三思(ぶさんし)らを寵愛し,娘の安楽公主と共謀して中宗を毒殺したが,李隆基(りりゅうき)(のちの玄宗)の挙兵により殺された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…このとき唐朝は安定と繁栄を見たので,〈開元の治〉といい,太宗の〈貞観(じようがん)の治〉に擬せられる。玄宗李隆基は2度にわたるクーデタによって韋后と太平公主(則天武后の娘)の勢力を一掃し,712年(先天1)帝位についた。以後姚崇,宋璟らの名臣を用いて政権の公的性格を回復することにつとめた。…
…この武周王朝は,わずか1代15年で消滅して唐王朝が復興し,首都は長安に戻された。しかし,その後も武后の再来ともいえる中宗の皇后の韋氏(韋后)によって類似の政治が行われた。 このような政治の混乱を正し,〈貞観の治〉の再現をめざしてクーデタを起こしたのが,のちの玄宗であった。…
※「韋后」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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