コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

頸城油・ガス田 くびきゆガスでん

2件 の用語解説(頸城油・ガス田の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

頸城油・ガス田【くびきゆガスでん】

新潟県頸城平野の日本海岸にある天然ガス田・油田。新潟油田の一部。上越市の直江津,黒井,大潟町(現・上越市)の潟町,旭,明治の5地区に分かれ,第三紀層ドーム背斜構造中に埋蔵。
→関連項目大潟[町]

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

頸城油・ガス田
くびきゆがすでん

新潟県南西部の上越(じょうえつ)市北西部(旧、大潟町)の海岸沖合い300メートルから2.3キロメートルに広がる油田。1958年(昭和33)帝国石油(現、国際石油開発帝石)による地震探鉱(エアガン)手法によって発見された。第三紀中新世寺泊(てらどまり)層に賦存し、深度1500メートル。陸上から傾斜掘りで探鉱され、「人工島」とよばれたわが国初のプラットホーム方式で開発された。1960年から1968年までに4基が設けられた。第1人工島の工事設計はアメリカのマクダモット社に依頼された。最盛期の1964年にはガス157万立方メートル、原油日量470キロリットルを産出し、頸城鉱業所が独立して設けられ、従業員950名余を擁した。その後生産量の衰退から1972年に鉱業所は廃止され、翌年から1988年までにかけてプラットホームが撤去された。1988~1998年(平成10)では年産2万キロリットル台に減少して産出が続いていた。しかし、この油田の開発は、従来のわが国の小規模陸上油田開発から大規模の海洋油田開発への幕開けになったほか、本格的な天然ガス探鉱の開始、東京パイプラインの敷設、自社精製部門への進出など画期的な油田であった。[高津斌彰]
『帝国石油株式会社編・刊『帝国石油五十年史』(1992) ▽天然ガス鉱業会編・刊『日本の石油と天然ガス』(1998)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

頸城油・ガス田の関連キーワード越後平野NGL頸城油田高田平野新潟平野東頸城丘陵ガス田東シナ海のガス田問題東シナ海天然ガス田開発問題

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone