食道裂傷(Mallory-Weiss症候群)・特発性食道破裂(Boerhaave症候群)

内科学 第10版 の解説

食道裂傷(Mallory-Weiss症候群)・特発性食道破裂(Boerhaave症候群)(食道疾患)

定義
 急激な腹圧上昇により食道・胃接合部近傍に裂傷をきたす疾患を指す.
原因
 Mallory-Weiss症候群は,激しい嘔吐に伴う胃内容物の急速な移動や,胃の強い収縮運動による機械的刺激により発生する.急激な腹圧上昇に伴い,胃粘膜の一部が噴門をこえて食道内へ滑脱し,食道胃接合部粘膜が過伸展されることにより裂傷が生じると想定されている. 食道内に胃粘膜の脱出が起こりやすい状態,胃粘膜の脆弱性が裂傷発生の背景として存在し,食道裂孔ヘルニア,胃粘膜の萎縮病態に関与すると推測されている.誘因として嘔吐(飲酒後の嘔吐が最多),乗り物酔い,腹部打撲,妊娠悪阻,咳,排便時のいきみ,上部消化管内視鏡検査などがあげられる. Boerhaave症候群は食道の急激な内圧上昇により,食道壁に破裂を生じる疾患である. 激しい嘔吐(飲酒後の嘔吐が最多),出産,咳,喘息発作,てんかん発作,排便時のいきみなどが誘因となるが,原因を特定できない場合も多い.異物,医原性(内視鏡治療後など),外傷悪性腫瘍潰瘍などの疾患を原因とする場合は本症から除外される.
疫学
 男性に多い.
 Mallory-Weiss症候群は上部消化管出血の約5〜15%を占める.
 Boerhaave症候群は比較的まれな疾患であるが,症例数は近年増加傾向にある.
分類
 Mallory-Weiss症候群は裂創部位によりⅠ型:食道限局,Ⅱ型:胃限局(最多),Ⅲ型:食道・胃併存型の3群に分類される.
病理
 Mallory-Weiss症候群の裂傷は,食道・胃接合部から噴門部の胃粘膜に生じ,伸展負荷のかかりやすい小弯側に多く認められる.通常長さ10〜20 mm,幅2〜3 mmで,深さが粘膜層までの場合は線状,粘膜下層以深になると紡錘形を呈する.
 Boerhaave症候群の裂傷は食道下部1/3で左側に多く認められる.下部食道は筋層が脆弱で血管・神経の流入部であり,左側は隣接臓器による防御機構が弱い,嘔吐による胃内圧上昇を最初に受ける部位であることがその理由としてあげられる.平均長3.3 cm,縦長の形状をとる症例が多い.
病態生理
 嘔吐時に上昇した胃内圧は幽門緊縮により噴門部へと向かい,下部食道括約筋の弛緩・腹部筋肉の強縮・横隔膜の下降により下部食道へ流出する.死体を用いた実験では,150 mmHgの圧が持続的に作用する場合に粘膜裂傷をきたし,350〜700 mmHgの食道内圧上昇では筋層に裂創を生じ,この部分の粘膜が膨出・破裂することにより食道破裂が形成されると想定されている(図8-3-8).通常,嘔吐時には輪状咽頭筋が弛緩し食道内圧は30〜50mmHg程度に保たれるが,上記協調運動に失調をきたした場合は容易に食道裂傷を生じる.
臨床症状
 Mallory-Weiss症候群の主症状は頻回の嘔吐後の吐血で,痛みを伴うことは少ない.下血を主徴とする症例も約10%ある.
 Boerhaave症候群の初発症状としては,嘔吐後に突然発症する激烈な胸痛や心窩部痛が最も多く,通常吐血はない.破裂部から縦隔内へ空気が流入することにより,呼吸困難・チアノーゼ皮下気腫を呈する.皮下気腫は6時間以上経過後に出現するのが一般的であり,頸部,鎖骨上窩,胸骨上縁に観察される.
診断
 Mallory-Weiss症候群では,嘔吐に続く吐血の病歴より本症を疑うことが比較的容易である.上部消化管内視鏡検査が確定診断に有用であるが,粘膜筋板の断裂を伴わない裂傷の場合,数日で治癒し瘢痕も認めがたくなるため内視鏡検査は可急的速やかに施行することが望ましい.X線造影検査は裂傷を描出することが困難であり,ほとんど行われない. Boerhaave症候群では,本症の可能性が念頭にない場合,初診時正診率はきわめて低い.病歴より本症を疑うことが重要である.身体所見として触診で皮下気腫,縦隔部聴診で心拍動に一致した捻髪性雑音(Hamman’s sign)を認めることがある.
 発症初期の胸部X線では縦隔や心陰影に薄い線状のX線透過像を認める.その後に縦隔のair fluid levelが拡大し,胸部単純X線・CTで縦隔気腫・胸水(図8-3-9)を呈する.胸腔内に穿破した場合は気胸を合併する.食道透視で縦隔内へのガストログラフィン漏出を確認することにより破裂部を同定する.内視鏡検査は裂傷を通して縦隔内へ空気を送り込む危険性があるため,施行する場合は,最小限の送気で短時間に行う必要がある.
鑑別診断
 Mallory-Weiss症候群と鑑別を要する病変としては噴門部の線状びらん・潰瘍がある.前者は粘膜襞の谷間にでき辺縁は鋭角で発赤が少ない(図8-3-10A)のに対し,後者は襞の山にできることが多く辺縁はやや不整で発赤を伴い,心窩部痛などの自覚症状を伴うことが多い.深い裂傷ではBoerhaave症候群との鑑別を要する. Boerhaave症候群の鑑別疾患は多岐にわたる.胸痛を伴う症例では心筋梗塞・肺梗塞・気胸・解離性大動脈瘤が,腹痛を伴う症例では胃十二指腸潰瘍・急性膵炎・上腸間膜動脈塞栓症など急性腹症が鑑別の対象となる.特に急性膵炎は,飲酒歴,上腹部痛,胸水貯留を呈することより鑑別上まぎらわしい.
経過・合併症・治療
 Mallory-Weiss症候群は,自然止血する(約75〜90%)ことの多い予後良好な疾患である. 大量出血例では輸血を必要とすることがあり,内視鏡観察時に活動性出血や露出血管が認められる場合は,内視鏡的止血術(純エタノール・エトキシスクレロール・高張ナトリウム/アドレナリンの局注法,電気凝固法,レーザー凝固法,クリッピング(図8-3-10B)など)を施行する. Boerhaave症候群の治療の原則は,手術による食道破裂部閉鎖と縦隔・胸腔ドレナージである. 本疾患は異物や医原性による食道破裂とは異なり,食物残渣や攻撃因子(酸やペプシン)を含む大量の胃内容物が縦隔・胸腔内へ流入するため縦隔・胸腔ドレナージの成否が治療効果を大きく左右する.縦隔炎から胸膜炎に進展するものの予後は不良で,時間の経過とともに死亡率は上昇し,24時間以上未治療で経過したものの死亡率はきわめて高い.早期診断・治療がきわめて重要である.
 縦隔炎を起こしていない発症早期の軽症例は保存的に治癒することがあり,破裂創が大きくなく創周囲の壊死組織が目立たない症例に内視鏡的食道ステント挿入が有効であったとの報告が近年散見される.[井上 泉・一瀬雅夫]
■文献
羽生信義,古川良幸:特発性食道破裂の成因から治療まで.別冊医学のあゆみ,消化器疾患Ver.3, pp480-486, 2006.
狩野 毅:Mallory-Weiss症候群.最新内科学大系(井村裕夫監修),pp184-194,中山書店,東京,1993.幕内博康: 外科医からみた食道胃接合部.消化器内視鏡,19 : 1419-1427, 2007.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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