高木 東六(読み)タカギ トウロク

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「高木 東六」の解説

高木 東六
タカギ トウロク


職業
作曲家 ピアニスト

別名
筆名=鳥羽 俊三(トバ シュンゾウ)

生年月日
明治37年 7月7日

出生地
鳥取県 米子市

出身地
岡山県 岡山市

学歴
東京音楽学校(東京芸術大学)ピアノ科〔昭和3年〕中退,スコラ・カントルーム音楽学校(パリ)ピアノ科〔昭和7年〕卒

経歴
牧師の子として生まれ、幼い頃から西洋音楽に親しむ。東京音楽学校(東京芸術大学)中退後、昭和3年パリに留学してスコラ・カントルーム音楽学校でピアノを学ぶが、現地で知り合った山田耕筰の勧めにより作曲家の道へ進む。7年帰国、ドイツ音楽が主流だった日本音楽界にフランス音楽を紹介する役割を担った。帝国音楽学校ピアノ科主任教授を経て、昭和16〜20年宝塚歌劇の作曲および指揮者。傍ら、NHK嘱託、ビクター専属作曲家などを歴任。太平洋戦争中は徴用されて旧満州、朝鮮、香港などに音楽慰問として派遣され、作曲した軍歌「空の神兵」は戦後も愛唱された。終戦まもなくには二葉あき子が歌った「水色ワルツ」が大ヒット。シャンソンの専門学校・東京エコール・ド・シャンソン校長としてシャンソン普及にも努めた。45〜50年岐阜女子短期大学教授。60年から60歳以上の女性による市民合唱団ザ・シワクチャーズ・ヨコハマを主宰。また朝鮮の民族音楽にも造詣が深く、何度も現地を訪れて採譜。23年朝鮮に伝わる悲恋題材としたオペラ春香」を発表、平成12年にはサッカーW杯日韓共催大会開催を機に52年ぶりに完全再演された。昭和57年オペラ「唐人お吉」を作曲・上演。平成16年100歳の誕生日を祝う記念コンサートが開催された。一方、NHK「あなたのメロディー」、TBS「家族そろって歌合戦」などテレビの音楽番組に審査員として出演、ベレー帽の黒縁メガネ姿で、軽妙かつ歯に衣着せぬ辛口講評をみせ、全国各地で収録された「家族そろって歌合戦」ではご当地を詠み込んだ川柳を披露して独特の味のある審査員ぶりをみせた。“喜びやユーモアを表現できない”として、大の演歌嫌いとしても有名だった。交響曲、オペラ、軍歌、ポピュラー曲と幅広い作曲活動を行い、18年102歳で没した。自伝に「とうろくらぷそでぃ」「愛の夜想曲」がある。

所属団体
詩と音楽の会,日本童謡協会,JASRAC,作曲協議会,日本エッセイストクラブ

受賞
勲四等旭日小綬章〔昭和55年〕 文部大臣賞〔昭和16年〕「朝鮮の太鼓」(管弦楽),神奈川県文化賞〔昭和53年〕,横浜文化賞〔昭和55年〕,日本童謡賞〔昭和57年〕

没年月日
平成18年 8月25日 (2006年)

親族
甥=高木 圀夫(文筆家)

伝記
高木東六―愛の夜想曲高木東六ファンタジア―永遠の調べ愛の夜想曲とうろくらぷそでい 高木 東六 著高木 圀夫 著高木 東六 著高木 東六 著(発行元 日本図書センター文園社講談社中央公論社 2003’02’85’82発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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