鹿子木 孟郎(読み)カノコギ タケシロウ

20世紀日本人名事典 「鹿子木 孟郎」の解説

鹿子木 孟郎
カノコギ タケシロウ

明治〜昭和期の洋画家



生年
明治7年11月9日(1874年)

没年
昭和16(1941)年4月3日

出生地
岡山県岡山市東田町

旧姓(旧名)
宇治

別名
号=不倒

経歴
池田藩士の三男に生まれ、8歳で伯父の鹿子木家の養子となる。初め松原三五郎の天彩学舎に学び、のち上京して小山正太郎の不同舎に入る。滋賀、三重、埼玉で教員をつとめ、明治33年渡米、34年渡仏し、歴史画家・ローランス師事。37年帰国して京都に居を構え、画塾を開いた。39〜41年、大正4〜7年再渡仏。明治美術会、太平洋画会、官展に出品。39年関西美術院を設立、のち院長に就任。京都高等工芸学校(のち京都工繊大)でも指導にあたった。フランス官学派の作風肖像画や風景画を得意とし、代表作に「ローランス画伯の肖像」「新夫人」「漁夫の家」など。平成3年没後50年遺作展が開催された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「鹿子木 孟郎」の解説

鹿子木 孟郎 (かのこぎ たけしろう)

生年月日:1874年11月9日
明治時代-昭和時代の洋画家。関西美術院院長
1941年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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