CLS銀行(読み)しーえるえすぎんこう(英語表記)CLS Bank International

日本大百科全書(ニッポニカ) 「CLS銀行」の意味・わかりやすい解説

CLS銀行
しーえるえすぎんこう
CLS Bank International

通貨同時決済(Continuous Linked Settlement:CLS)取引を行う銀行。外国為替(かわせ)決済(外為(がいため)決済)におけるシステミック・リスク(金融システム全体に混乱をもたらす可能性)の削減を目的に、世界の主要な民間銀行をおもな出資者としてニューヨークに設立された。2002年9月にサービスを開始。決済対象通貨は、当初7通貨(オーストラリア・ドル、カナダ・ドル、ユーロ、日本円、スイス・フランイギリス・ポンド、アメリカ・ドル)であった。その後、2003年に4通貨(シンガポール・ドル、スウェーデンクローナ、ノルウェー・クローネ、デンマーク・クローネ)が、2004年に4通貨(香港ドル、韓国ウォン、ニュージーランド・ドル、南アフリカ・ランド)が追加され、さらに2008年に2通貨(メキシコ・ペソ、イスラエル・シェケル)、2015年に1通貨(ハンガリー・フォリント)が加わり、2018年時点では18通貨となっている。日本の民間金融機関は三菱(みつびし)UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行、みずほ銀行、野村ホールディングス農林中央金庫、三井住友銀行、三井住友信託銀行が出資している。

[前田拓生 2016年3月18日]

ヘルシュタット・リスクとCLS銀行設立

ヘルシュタット・リスク

個別銀行間の外為決済においては時差が存在することから、ヘルシュタット・リスクHerstatt riskが存在する。ヘルシュタット・リスクとは、1974年にヘルシュタット銀行(西ドイツ)が破綻(はたん)した際に顕在化した、外為決済における時差リスクのことである。外為決済では、通貨の引渡しは終えているのに時差の分だけ受渡しにタイム・ラグが生じることから、相手方デフォルト(債務不履行)により、交換する通貨を受け取れないという事態が生じる可能性があり、このようなリスクのことをいう。

[前田拓生 2016年3月18日]

オールソップ報告書とCLS銀行

1996年にG10(主要10か国)諸国の中央銀行は、このような外為取引の決済の仕組みが内包するヘルシュタット・リスクを削減するための包括的かつ長期的なストラテジー(戦略)を提唱した。なお、国際決済銀行(BIS)のBIS支払・決済システム委員会(2014年9月に名称変更し、現在はBIS決済・市場インフラ委員会)の報告書「外為取引における決済リスクについて」(いわゆる「オールソップ報告書」)は、このG10諸国の中央銀行によるストラテジーとそのもととなる分析を記したものである。このオールソップ報告書に呼応して、ヘルシュタット・リスクのような外為取引のシステミック・リスクの削減を目的に設立されたのが、CLS銀行である。

[前田拓生 2016年3月18日]

CLSシステム構築の条件

ヘルシュタット・リスクをなくすには、外為取引においてクロスボーダー(国境を越えた取引)で異なる複数の通貨を同時点で決済(多通貨同時決済:CLS)する仕組みを構築する必要がある。そのためには、(1)多通貨で多数の外為取引をある特定の決済専門機関に集中させること、(2)当該決済専門機関は多通貨で多数の異なる受渡しを相互に条件づけた決済サービスを提供すること、(3)前記の(2)のオペレーションを同時に行うために共通の時間帯に参加各国の国内決済システムが稼動していること、の三つの条件が必要となる。

 (1)の一元的な決済専門機関の条件を満たすために、主要な国の民間銀行が共同出資してアメリカ・ニューヨークに設立したのがCLS銀行である。ここで、CLS銀行はアメリカ連邦準備制度の規制・監督(オーバーサイト)を受けている(日本銀行を含むCLS対象通貨の中央銀行はCLSに対する協調オーバーサイトを行う)。また、CLS銀行のオペレーションはイギリス・ロンドンに設立されたCLSサービシズCLS Services Ltd.に委託して行われている。このようにニューヨークとロンドンに拠点をもっていることから、いずれかの拠点が機能していれば業務を継続することができるなど、決済業務の安全運行の確保を進めている。なお、東京ではCLS銀行およびCLSサービシズの親会社であるCLS UKインターメディエイト・ホールディングスCLS UK Intermediate Holdings Ltd.が事務所を開設している。

 (2)の条件を満たすために、CLSではPVP(Payment versus Payment:2通貨条件つき決済)方式を採用している。これは二つの通貨の決済を紐(ひも)づけて同時に行うことでヘルシュタット・リスクを排除しようとする仕組みである。具体的には以下のようになっている。

 CLS銀行の参加者には、CLS銀行に開設した自己名義の口座を通じて資金決済を行うことができる決済メンバーSettlement Memberと、CLSへの支払指図の送信は自ら行うが、資金決済はあらかじめ指定した決済メンバーのCLS銀行口座を通じてのみ行うことのできるユーザーメンバーUser Memberの2種類がある(これら以外の一般顧客は「サードパーティThird party」とよばれる)。ここでヘルシュタット・リスクを排除するためには決済メンバーの不払いに伴う影響を限定する必要がある。そこで、CLS銀行口座上の振替やペイアウト(支払い)を行う際に、決済メンバーの残高を(a)赤残(あかざん)(不足金)限度額、(b)総赤残限度額、(c)ネット残高、に照らして判定し、条件を満たした場合のみ振替やペイアウトを行う仕組みを採用している。この仕組みをPVP方式という。ここで(a)の赤残限度額とは個々の通貨ごとに設定される、全決済メンバー共通の赤残限度額のことであり、(b)の総赤残限度額とは決済メンバーごとに設定される、すべての赤残通貨の赤残合計の限度額のことである。そして(c)のネット残高とは決済メンバーがCLS銀行に保有する口座の全通貨ネットベースの残高のことである。PVP方式ではこのような赤残限度額またはネット残高以上の赤残を発生させないようにするために、当該赤残を発生させるようなCLS銀行口座上の振替(外為取引の決済)は行わないことになっている。このような仕組みによって元本をとりはぐれるリスクを排除できる。

 (3)の国内決済システムの稼動時間については、従来、外為取引決済は時差を反映して各国通貨ごとに別々の時間帯で行われていたが、このような決済ではヘルシュタット・リスクを排除できない。そこでCLS銀行は、外為取引の決済日の中央ヨーロッパ標準時(Central European Time:CET)0時(日本時間午前8時)までに決済メンバーから持ち込まれた支払指図について、CETの7時~9時(日本時間午後3時~5時)の間に、個々の支払指図ごとに決済メンバー名義の預金口座間の振替をグロスベース(総額ベース)で行うことになっている。これによって条件を満たすことができる。

 以上のように、CLS銀行という特定の決済専門機関を設立することによって多通貨で多数の外為取引を集中させ、PVP方式とともに、各国通貨ごとに別々であった外為取引決済の時間帯を世界的に一致させることで、ヘルシュタット・リスクを排除することができる仕組みを構築した。

[前田拓生 2016年3月18日]

日本の外為決済システムとCLS

日本の外為決済システムは、1980年(昭和55)10月に発足した外為円決済制度によって、外為市場での売買や円建て仕向(しむけ)送金等に関連した円資金の決済が東京銀行協会(現、全国銀行協会:全銀協)の運営で行われるようになった。当初は外国為替銀行が1か所に集合して支払指図を交換する立会交換が行われていたが、1989年(平成1)3月に日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)を利用したオンライン処理が行われるようになり、2008年(平成20)10月には流動性節約機能の導入と完全RTGS(Real Time Gross Settlement:即時グロス決済)化を実現させている。このような外為円決済制度であるが、1998年に間接参加制度が導入されたことや加盟銀行の合併・統合の影響に加えて、CLSの稼動とともに取扱額が大きく減少することとなった。

 2012年度中の1営業日平均では、外為円決済制度での決済資金額は10兆3000億円に対して、CLS(円取引分)は35兆3000億円となっている。順調に利用が拡大しつつあるCLSであるが、さらなる利用割合を向上させていくためには(1)決済対象通貨(2018年時点で18通貨)の拡大、(2)CLSを利用するサードパーティの数を増やすこと、(3)決済メンバー数の増加が課題となろう。

[前田拓生 2016年3月18日]

『国際決済銀行支払・決済システム委員会「外為決済リスクの削減について――経過報告(日本銀行仮訳)」(1998・国際決済銀行)』『鳩貝淳一郎・川添敬「東京外国為替市場委員会の活動――市場参加者相互の協力による市場整備の一例」(『マーケット・レビュー』No.04-J-2・2004・日本銀行)』『日本銀行「決済システムレポート2005」(2006)』『小林亜紀子・濱泰穂・今久保圭「外為円決済を巡る最近の動向」(『日銀レビュー』No.07-J-5・2007・日本銀行)』『内田昌廣「外国為替決済におけるCLS」(『鹿児島県立短期大学紀要』人文・社会科学篇63所収・2012・鹿児島県立短期大学)』『日本銀行「決済システムレポート2012-2013」(2013)』

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