Duchenne/Becker型ジストロフィ(DMD/BMD)

内科学 第10版 の解説

Duchenne/Becker型ジストロフィ(DMD/BMD)(筋ジストロフィ)

(1)Duchenne/Becker型筋ジストロフィ(DMD/BMD)
原因・概念
 DMDはXp 21.2にあるジストロフィン(dystrophin)遺伝子の異常によって起こる.ジストロフィン遺伝子異常は伴性劣性の遺伝形式をとり,表現型としては,重症型であるDMD,軽症型のBMD,心筋症,無症候性高クレアチンキナーゼ血症,筋痛症などがあり,これらを総称していう場合dystrophinopathyという.
 DMD/BMDは,非顕性の女性保因者によって伝えられ,男児にのみ発症する.女性の保因者は軽度(正常上限の5~6倍以下)の高クレアチンキナーゼ血症を呈することが多く,後述する下腿の仮性肥大を呈することもあるが,筋力低下などの臨床症状が現れるのはまれである.
 ジストロフィン遺伝子は約2500 kb,X染色体全長の約1%,ヒトゲノム全体の約0.1%を占める巨大なものである.この遺伝子中には79個のエクソンが存在し, 8種類の遺伝子産物を発現する.このうち骨格筋型(M-dystrophin)の欠損ないし機能異常がDMD/BMDの原因である. ジストロフィン遺伝子異常の約60%が欠失であり,約10%が重複,残りの約30%が点突然変異である.いくつか欠失や点突然変異の好発部位(hot spot)があるため,新たな遺伝子異常(突然変異)を生じやすい.
疫学
 DMDは新生男児約3000人に1人の割合で発生する.この発生率は,人種・地域による偏りがなく全世界共通である.BMDの発生頻度はDMDの1/10程度である.遺伝子異常の浸透度は完全であり,きわめて定型的な疾患である.
病理
 生検骨格筋は典型的なジストロフィ変化を呈する.というより,ジストロフィ変化とはDMD筋にみられる組織病理的変化をもとに定義されたものである. 筋線維壊死・再生像は特に3~6歳頃最も豊富にみられる.筋基本構築(筋束構造)の乱れは,初期には筋線維の大小不同,円形化,中心核の増加,過収縮肥大化線維(opaque fiber)の出現として現れ,ついで,間質の線維化,脂肪浸潤に至る(図15-21-5).年齢が進むとともに脂肪浸潤が著明となり,筋線維が減少する.
 免疫組織化学的検査では,筋細胞膜のジストロフィン免疫染色が特異的に減少ないし消失するため筋形質膜の破壊をまねきやすい(筋膜の脆弱性). 心筋では骨格筋に比べ,壊死に至る変性像がより広範にみられ,線維化が著明である. 一方,骨格筋/心筋以外の臓器では中枢神経系を含め形態学的な異常はほとんどみられない.
 BMDの筋病理所見は,DMDに比べ軽く,より慢性な経過を反映して,肥大筋線維が顕著で,非特異的な変化である筋原線維間網の乱れ,分割線維(split fiber)や渦巻き線維(whorled fiber)をより高頻度に認める.免疫組織化学的検査では,ジストロフィンの免疫染色性が,不規則に弱いfaint and patchy patternを示す.
病態生理
 1987年,Kunkelらによってジストロフィンの一次構造が明らかにされた.骨格筋型ジストロフィン(M-dystrophin)は3685個のアミノ酸残基からなる,分子量427 kDaの巨大蛋白であり,N末端側で細胞膜下細胞骨格のFアクチン線維と結合する(図15-21-6).
 ジストロフィンはまたC末端側で十数個のジストロフィン結合糖蛋白/蛋白(dystrophin associated glycoprotein/proteins:DAG/DAPs)と結合し,これらとともに細胞膜を貫通する複合体を形成している.この複合体は,ジストロフィン糖蛋白複合体(dystrophin-glycoprotein complex:DGC)とよばれる(図15-21-6).
 ジストロフィン結合糖蛋白の主要蛋白α-dystro­glycanは細胞外で,筋細胞周囲の基底層のメロシンと結合しており,全体としてDGCは細胞外マトリックスと筋細胞膜下細胞骨格を架橋している.この架橋構造は筋収縮に伴う機械的ストレスからの筋細胞膜の保護や,細胞外マトリックスからの信号伝達に関係する役割を果たしており,ジストロフィン欠損により,この架橋構造が破綻することが本症の発症機構であると考えられている(図15-21-7).
臨床症状
 生下時には異常をみないが,臨床検査で血清CK(クレアチンキナーゼ)値の上昇やAST,LDH値など筋逸脱酵素活性の上昇により気づかれる.2~4歳で,歩行開始の遅延,転びやすい,走るのが遅い,歩行や階段昇降の様子がおかしいなどが受診のきっかけになることが多い.Gowers徴候(登攀性起立),腓腹筋の仮性肥大もこの時点で認められる(図15-21-8).
 腱反射膝蓋腱反射から低下ないし消失し,次に上肢の腱反射に及ぶ.体幹(傍脊柱筋),四肢近位筋優位の筋力低下/筋萎縮は常に進行性であり,特徴的な腰椎前弯,動揺性歩行(waddling gait:骨盤固定がゆるくアヒルのようなよちよちした歩き方,別名Trendelenburg歩行),翼状肩甲(肩甲骨がうき出る)が現れる.
 骨格の変形は,腰椎のみにとどまらず,足関節の尖足拘縮など,各関節の拘縮,胸腰椎の側弯などが,筋力低下とともに進行する.顔面では巨舌,咬合不全が認められることがあるが,顔面筋の筋力低下はあまり目立たない. 軽度で非進行性の知能障害が患児の約30%で認められるが,高度の知能障害は例外的である.  BMDの発症年齢はDMDより遅く,5歳から成人期に及び,その後の進行も緩徐である.経過中に重篤な心不全をきたし,特発性心筋症として発症する例もある.
検査成績
 血清CK値の上昇が顕著であり,正常値の10倍以上,しばしば万単位まで上昇する.これに伴って,LDH,AST,(ALTアルドラーゼ,ミオグロビン値も上昇する.これらの異常は臨床症状の発現前から顕著である.ただしCK値は6歳以降,筋萎縮の進行とともに徐々に下降する.
 針筋電図は典型的な筋原性変化,すなわち,随意収縮での,短持続・低振幅・多相性運動単位電位(motor unit potential:MUP),最大収縮での過干渉波形,安静時の豊富な線維自発電位(fibrillation potential)を認める.
 筋CTは筋萎縮・筋脂肪変性の分布を知るのに有用である.DMDに特徴的なselectivity patternは大腿部の協同筋間で脂肪化の重度なものと軽度なものが混在するという所見である.大腿の屈筋,内転筋群のなかで薄筋・縫工筋がかなり保持される(図15-21-9).
 心電図では,さまざまな異常を呈するが,異常Q波が心筋症を最も鋭敏に反映する.
診断
 2~4歳頃発症の,上記症候(下肢帯・下肢近位筋群の筋力低下,歩行・起立・階段昇降の異常などの症状と,下腿の仮性肥大,Gowers徴候,動揺性歩行など)から疑い,血清生化学検査で著明なCK値の上昇をみれば診断は容易である.確定診断には,筋生検が必要である.
 BMDとDMDの鑑別は経過によって判定する.通常16歳の時点で自力歩行が可能であればBMDとする.
 生検筋の病理組織学的検査では,前記のジストロフィ変化と,抗ジストロフィン抗体による免疫組織学的検査(ジストロフィンテスト)によって確定する.
 遺伝子異常については,multiple PCR法によって欠失/重複についてはほぼ検出できるが,全体の約6割である.点突然変異については,ジストロフィン遺伝子の巨大さのため,すべてを検出・確定するのは困難である.
鑑別診断
 脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)のうち,主として幼児型(Kugelberg-Welander型常染色体劣性遺伝)が鑑別の対象となるが,遺伝形式の違い,下腿の仮性肥大を欠くこと,筋電図・筋生検での神経原性変化によって鑑別される.その他,糖原病や,多発筋炎のうち幼児期に発症するものが鑑別を要する.
合併症
 心不全と呼吸不全は,この疾患の病態の一部である心筋,呼吸筋障害の直接の帰結であるが,治療,ケアを考えるうえでは合併症として扱われる. 呼吸不全の初期には,自覚症状として早朝覚醒時の頭痛を訴えることがある.やがて,昼間の呼吸苦として自覚されるようになる.この時期,%VCは20%程度である.昼間の動脈血ガス分析で高PaCO2,低PaO2が顕在化する以前に,夜間の低酸素血症として始まっていることが多い.夜間の動脈血酸素飽和度(SpO2)モニターが早期発見に有用である. また,近年,呼吸不全と心不全に対する対策が進んだ結果,下肢深部静脈血栓および,それに続発する肺塞栓,脳梗塞が合併症として問題となっている.
経過・予後
 下肢帯の筋力低下,関節の変形・拘縮により,12歳までに自力歩行ができなくなり車椅子上の生活となる.上肢の機能も制限されていくが,顔面筋,外眼筋,嚥下に関係する咽頭筋は比較的保たれる.自力歩行ができなくなって10年以内に呼吸不全や心不全が顕在化し,心不全に対する適切な治療や,呼吸不全に対する何らかの形での呼吸補助を行わなければ,20歳前後で死亡する.ただし,近年,主として心不全,呼吸不全に対する対策の進歩により30歳代前半の死亡が多くなった.
治療・予防・リハビリテーション
 治療薬としては,副腎皮質ステロイド薬が,筋力低下の速度をゆるめ,歩行不能となる時期を遅延させることが確認されている.
 心不全対策としては,通常の左心不全の治療に準じて,ACE阻害薬,β受容体遮断薬や,利尿薬の投与が行われる. 呼吸不全対策としては,早期から,特に夜間の経鼻間欠的陽圧人工呼吸NIPPVを行うことが推奨され,これによって数年から10年以上もの延命が可能である.
 臥床状態になった時点では深部静脈血栓を予防するためのワルファリン投与も行われる.[清水輝夫]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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