EUの高等教育政策(読み)イーユーのこうとうきょういくせいさく(英語表記)Higher education policy in the EU

大学事典 「EUの高等教育政策」の解説

EUの高等教育政策
イーユーのこうとうきょういくせいさく
Higher education policy in the EU

高等教育政策の位置づけ]

欧州統合・拡大過程において国際競争が激化する中,EU(欧州連合)は欧州における雇用創出,経済成長,繁栄に不可欠となる熟練した人的資本や高い能力を有する市民を確保するにあたって,高等教育および研究・イノベーションとの高等教育のかかわりが重要な役割を果たすとし,さまざまな高等教育政策(EU)を展開している。その際,推進力となる高等教育機関は重要なパートナーと位置づけられている。

[高等教育政策の方向性]

EUの教育政策は,全分野を包括する中期的な経済・社会戦略に沿って,下位の分野別プログラムに基づいて進められる。ただし「補完性原則」に則り,教育分野へのEUの関与は,行動計画の提供や事業を促進するためのツールを開発するなどの補完的な支援に限られている。したがって加盟各国は,EUが示す分野別プログラムに対応させつつ独自性を持たせたかたちで計画を策定し,教育政策を進めていくことになる。

 2000年には,2010年までの経済・社会戦略として,経済的な成長と競争力の強化と雇用の創出を可能とする,知識基盤型経済社会の構築を目指す「リスボン戦略」が欧州理事会で採択され,同戦略に沿って「教育・訓練2010 ワークプログラム(ET2010)」がEUの行政執行機関である欧州委員会において策定された。同ワークプログラムは,複数の財政支援プログラムによってサポートされており,おもなものとして,学校教育から成人教育まで幅広くファンディングをサポートする「生涯学習行動プログラム」(2007~2013年)や,欧州域内と域外との学生および研究者の移動を促進する「エラスムス・ムンドゥス」(第1期:2004~2008年,第2期:2009~2013年)がある。高等教育分野については,「生涯学習行動プログラム」に包括されたかたちで「エラスムス(Erasmus)」と呼ばれる「ヨーロッパ高等教育圏(EHEA)」実現のサポートと,イノベーション過程への高等教育の貢献の機会向上を目的とした,欧州域内の学生・教員・研究者の移動を助成するプログラムが設けられている。

 ヨーロッパ高等教育圏の構築は,1999年にEU諸国を含む欧州29ヵ国の教育担当大臣によって採択された「ボローニャ宣言」で示された構想で,欧州各国の高等教育システムに共通枠組みをもたらす,すなわち欧州域内に学生,教員,研究者等が制約を受けることなく自由に移動できる環境をもたらすことを狙いとしている。具体的には,①3年以上の学部(undergraduate)大学院(graduate)の2段階構造の構築(2003年からは博士号取得段階を加えた3段階構造),②欧州単位互換制度(European Credit Transfer and Accumulation System: ECTS)の導入などにより各国間の高等教育システムの互換性を高めることが,2015年現在,EU非加盟国も含めて48ヵ国において目指されている。

 こうした人的移動の促進を中心とした高等教育政策は,2010~2020年の経済・社会戦略「欧州2020(Europe 2020)」や,その下位プログラムである「欧州教育・訓練協力戦略枠組み(ET 2020)」にも引き継がれている。「欧州2020」では,2008年に欧州全域を襲った金融・経済危機を克服すべく,五つの優先目標を掲げ,そのうちの一つが,2020年までに30~34歳の高等教育修了者の割合を40%に引き上げることとする高等教育分野にかかわる目標となっている(2010年現在33.6%)。「欧州教育・訓練協力戦略枠組み」でも「欧州2020」に関連するかたちで,第1の目標に「移動の実現」が掲げられている。さらに高等教育分野に関しては,2011年にEU加盟各国の教育担当大臣級会合において採択された改革戦略「成長と雇用の支援:欧州高等教育システム刷新のためのアジェンダ」の中で,優先的に行うべき五つの改革が示されている。すなわち,①高等教育修了者数を増やすこと,②高等教育における授業と学修の質と妥当性を高めること,③学生および教員の移動と国境を越えた協力を促進すること,④教育,研究,イノベーションにかかわらせながら「知の三角形」,すなわちこれら三者の相互作用を強化すること,⑤高等教育にとって効果的なガバナンスとファンディングのメカニズムをもたらすことである。

[高等教育政策のツール]

これらの改革を実施するのは,あくまでもEU加盟各国であるが,EUからは,各国がこれらの目標を確実に達成していけるように,先の「生涯学習行動プログラム」よりもさらに包括的かつ大規模な助成プログラム「エラスムス・プラス(Erasmus+)」とともに,高等教育の移動,質,透明性を促進するためのさまざまなツールが提供される。移動促進のツールとしては,たとえば欧州単位互換制度(ECTS)や学位証書に添付する「ディプロマ・サプリメント」(当該学位の背景について標準的に記述された資料)が挙げられる。また,質の向上を促進するツールとしては「エラスムス大学憲章(The Erasmus Charter for Higher Education: ECHE)」などが,透明性促進のツールとしては「欧州高等教育レジスター」(EU加盟国を中心とした36ヵ国2673校の高等教育機関に関するデータベース)や「U-Multirank」(さまざまな観点から欧州域内外の高等教育機関を比較可能にした多元的な高等教育ランキング)などがある。
著者: 髙谷亜由子

参考文献: 吉川裕美子「ヨーロッパ統合と高等教育政策―エラスムス・プログラムからボローニャ・プロセスへ」『学位研究―大学評価・学位授与機構研究紀要』第17号,2003.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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