Hormuz

世界大百科事典内のHormuzの言及

【ペルシア湾】より

… ブワイフ朝後期になると,シーラーフに代わって11世紀前半より13世紀前半までアラブの族長カイサル家の拠るキーシュKīsh島がホルムズ海峡の出入口を扼する地の利を生かして栄えた。しかし,イランにモンゴル族のイル・ハーン国が成立すると,沿岸部のホルムズHormuz(現,ミナーブ)に繁栄が移り,この港にはオドリク,マルコ・ポーロなどが訪れ,その名はあまねく中世のヨーロッパにも知れわたった。 1507年,ポルトガルの航海者で第2代インド総督のA.deアルブケルケはこの港の支配者を服従させることに成功し,15年にはここを占領してインド洋の香料貿易の中継基地にした。…

※「Hormuz」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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