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JR宝塚線脱線事故 じぇーあーるたからづかせんだっせんじこ

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知恵蔵2015の解説

JR宝塚線脱線事故

2005年4月25日午前9時18分頃、兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)尼崎―塚口間で、宝塚発同志社前行き上り快速電車(7両編成)が脱線、1両目と2両目が線路脇の9階建てマンションに激突した。兵庫県警によると、運転士(当時23)を含む107人が死亡、約550人が負傷した。死者数では日本の鉄道事故史上7番目、戦後では1962年の旧国鉄常磐線三河島事故に次ぐ4番目の惨事となった。事故原因の究明にあたる県警と国交省の事故調査委員会は、現場のカーブ入り口の制限時速は70kmなのに約115〜117kmで入り、直前の最高速度は124〜125kmだったとして「主因はカーブでの速度超過」とみているが、別の要因が重なった可能性もある。事故調査委員会は06年度内に最終報告をまとめる。事故の背景には、JR西日本の経営体質があると指摘された。国鉄民営化でできた本州3社(東日本、東海、西日本)のうち、JR西日本は経営基盤が最も弱く、赤字路線を多く抱えていた。利益確保を急ぐあまり、過密ダイヤを組み、自動列車停止装置(ATS)など安全施設の整備が遅れた。速度超過を感知すると自動的ブレーキがかかり、列車を止めずに減速させる新型のATSの設置率は8%(事故当時)と低い。宝塚線には05年6月末に導入予定だった。「これが現場にあれば事故は防げた」とJR西日本は認める。国土交通省は06年3月、ATSの設置などを全国の鉄道各社に義務付ける改正省令を公布、7月1日に施行された。死亡した運転士は、ミスした運転士に課せられる再教育「日勤教育」の経験者で、周囲に「今度やったら降ろされるかも」と漏らしていた。入院した負傷者168人は、06年5月7日の同志社大学学生を最後に全員が退院したが、被害者の多くは心的外傷後ストレス障害(PTSD)などに苦しむ。

(緒方健二 朝日新聞記者 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

JR宝塚線脱線事故

2005年4月25日午前9時18分ごろ、兵庫県尼崎市の宝塚線で快速電車が制限時速70キロの急カーブに約115キロで進入して脱線。107人が死亡、562人が負傷した。県警は08年9月、現場カーブが急曲線に付け替えられた1996年当時に鉄道本部長だった山崎正夫・元社長(71)ら10人を業務上過失致死傷容疑書類送検した。 山崎元社長だけが在宅起訴されたが、12年1月に一審で無罪が確定。遺族らに告訴され、不起訴処分となった井手正敬・元会長ら歴代社長3人については検察審査会の2度の議決を経て強制起訴。神戸地裁は13年9月に無罪を言い渡した。

(2015-03-28 朝日新聞 朝刊 1総合)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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