KGB(読み)けーじーびー

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

KGB(ケージービー)
けーじーびー

ロシア語ではカー・ゲー・ベー(КГБ)。Комитет Государственной Безопасности/Komitet Gosudarstvennoy Bezopasnosti(国家保安委員会)の略。ソ連の政治保安警察。前身はベー・チェー・カー(VChK、全ロシア反革命・怠業取締非常委員会)、ゲー・ペー・ウー(GPU、国家政治部)、オー・ゲー・ペー・ウー(OGPU、統合国家政治部)、エヌ・カー・ベー・デー(NKVD、内務人民委員部)、エヌ・カー・ゲー・ベー(NKGB、国家保安人民委員部)。1953年3月5日スターリンが死去した当時、ソ連には一般警察を担当する内務省と政治警察を担当する国家保安省の二つがあったが、翌6日この二つが統合され内務省となり、大臣にベリヤが就任した。しかし同年7月、ベリヤは内務省を政府と党の上に置こうとしたとして非難・追放され、同年12月に処刑された。54年3月13日、新たに国家保安委員会が設けられ、内務省から分離された。国家保安委員会のおもな仕事は、ソ連国家体制の擁護、とくに、反体制派の抑圧、国境警備、対外情(諜)報活動などである。歴代の議長は、セロフ(1954~58)、シェレーピン(1958~61)、セミチャストヌイ(1961~67)、アンドロポフ(1967~82)、フェドルチュク(1982.5~82.12)、チェブリコフ(1982.12~88.10)、クリュチコフ(1988.10~91.8)、バカチン(1991.8~91.10)など。
 なお、KGBは91年10月に解体され、共和国間保安機関(議長バカチン)、国境警備委員会(議長カリニチェンコ)、中央情報機関(議長プリマコフ)の三つに分割されたが、ソ連消滅後、95年4月にロシア連邦保安局(大臣バランニコフ)が新設された。2005年現在、ロシアの治安維持は内務省(大臣ヌルガリエフ)のほかに、ロシア連邦保安局(2003年に連邦国境警備局、連邦対外諜報局などの機能が移され、旧KGBのような強大な保安機関となった)が担当している。[中西 治・林 茂夫]
『B・フリーマントル著、新庄哲夫訳『KGB』(1983・新潮社) ▽ツゥ・ジュン(杜漸)著、岸本弘・木田洋訳『KGB』(1983・亜紀書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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