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Philipp der Grossmütige PhilippderGrossmutige

世界大百科事典内のPhilipp der Grossmütigeの言及

【宗教改革】より


[スイスの宗教改革]
 これより先,1522年以来,エラスムスとルターの影響下に,ツウィングリがスイスのチューリヒで市政府と提携しつつ宗教改革運動を展開し,この運動はバーゼル,ベルンなどにも広がっていた。ルター派のヘッセン方伯フィリップPhilipp der Grossmütige(1504‐67)は,ドイツのプロテスタントとツウィングリ派とを合同させようと図り,29年,マールブルクの居城で,ルター,メランヒトンらとツウィングリらスイスの改革指導者との宗教会談(マールブルク会談)を開かせたが,聖餐の典礼の解釈をめぐって両者は意見が合わず,合同の試みは挫折した。まもなく起こったスイスのカトリック諸州との戦争で,ツウィングリが31年に陣没したのち,この地の宗教改革は壊滅にした。…

【ヘッセン】より

… 1247年チューリンゲン方伯家の男系断絶ののち,ブラバント家のハインリヒ1世Heinrich I(1244‐1308)がヘッセン方伯となり,92年帝国諸侯に列せられた。方伯は1277年以降カッセルに居城を構え,ヘッセンに勢力を伸ばそうとするマインツ大司教と争いつつ支配圏を広げ,フィリップ寛仁伯Philipp der Grossmütige(1504‐67)の時代にその勢力は絶頂に達した。時あたかも宗教改革の時代,彼は1526年自国にプロテスタンティズムを導入するとともに,27年ドイツ最初のプロテスタントの大学としてマールブルク大学を創立,またルター派とカルバン派の仲介を試みるなどプロテスタント諸侯の中心として活躍した。…

※「Philipp der Grossmütige」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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