出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
天気に関する言い伝えのこと。天気の変化は生活に大きな影響を与えるので,天気の変化に関する経験をまとめた天気俚諺は東洋でも西洋でも紀元前から知られている。ギリシアのテオフラストスは前300年ころ,200あまりの天気俚諺を集めた本を出している。その中には,〈夕焼けは晴,朝焼けは雨〉〈月や日がかさをかぶると雨〉〈北東風は天気が悪い〉〈絹雲は雨のきざし〉などという今日知られたものがだいたい入っている。また,船乗りにとって天気の変化はときには生死にかかわるので,瀬戸内海の水軍の頭領,村上雅房は,1456年(康正2)に出した《船行要術》の中に,天気に関する経験則を30あまりあげている。
天気俚諺は経験則であり,各地の天気の変化の特性は,その地方の地形が大きく影響し,また季節によっても違うので,普遍性が少ない。また,なかには〈肥びしゃくをかつぐと雨〉〈下駄をなげて表が出れば晴〉というような,まったく科学的な根拠がなく,迷信的なものもある。このため,科学的な天気予報の手段としては価値が少ないが,なかには気象学的に説明できるものも含まれており,役に立つものもある。
たとえば,〈雲の堤が見えると早手がくる〉というのは,寒冷前線にともなう積乱雲が近づいてくることを物語り,注意しておれば,1時間くらい前にわかる。信州などでは〈子どもがはしゃぐと雨になる〉というが,これは低気圧が近づくと,その前面は南風となり,暖気が入り,気温が上がるので浮き浮きしてくる,と見れば説明がつく。一般に,気温が急に上がるのも,反対に下がるのも,雨の前兆である。前者は温暖前線の通過,後者は寒冷前線の通過を意味するからである。〈塩が水を吸えば雨〉〈鰹節(かつおぶし)を削るとき,柔らかいと雨〉〈ハコベの花が閉じると雨〉というのは,空気中の湿度が高いと雨になるということを意味する。しかし,これは多く同時現象であり,予報としての価値は少ない。〈煙がまっすぐ上がると晴,横にたなびくと雨〉というのは,大気の安定度と関連した現象である。前線が近くにあって,上空に気温の高い空気が入っていると,煙の上昇がそこでおさえられ,横にひろがるからである。また,〈遠くの鐘がよく聞こえると雨〉というのも,前線が近くにあり,音が上空の暖かい空気の層との境で反射するからである。ただ,冬季の晴れた日,夜間放射で地面付近が冷え,似た状態になるが,このときは晴れて,雨とはならない。
〈星がまたたくと日中風が強くなる〉〈西風と嫁入りは日暮まで〉〈南風はばかっ風でやむことを知らない〉というのは,大気の成層が日変化することによって生ずる現象である。〈夕焼けは晴〉ということは,西の空が晴れていることを意味し,中緯度,高緯度では天気が西から東に移動していくことで説明できる。ただ,低緯度では反対に天気は東から西に移動し,また,夏の日本でもこの傾向となるので,この天気俚諺は当てはまらない。〈朝霧は日中晴れ,気温がのぼる〉といわれている。これは,晴れた風の弱い日の夜,地面付近が夜間放射でいちじるしく冷え,上空に気温の逆転ができたときに朝霧が出るためであり,日中は霧が蒸発して消え,下層がとくに暖まるためである。
風も天気変化のよい目安となる。一般に北西風は天気がよく,北東風は天気が悪くなる前兆である。〈浅間山の煙が西に流れると天気が悪くなる〉というのは,このことをいったものである。ただし,冬季日本海側では北西風は天気が悪いきざしである。また,上空まで北東風の場合には,むしろよい天気がつづくきざしである。これは背の高い強い高気圧におおわれていることを意味するためである。〈空が高いと降りそうでも降らない〉というのは,相対湿度が低く,雲から雨粒が落ちてきても,途中で蒸発し,雨とはならないためである。
天気俚諺のなかには,夏や冬の天候の前兆をいったものも多い。〈コブシの花が多い年は豊作〉〈ツバメの渡来が早いと豊作〉などというのは,春の気温が高いと夏の気温も高いということを言い表したものと考えられる。事実,春の気温と夏の気温との間には統計的にも相関がある。〈大雪は豊年のきざし〉とよくいわれるが,地域により成り立つこともあれば,反対のこともある。冬の天候の前兆をいったものには,〈モズが高い木にカエルや虫などをさしておくのは大雪〉〈ソバの豊作は大雪のきざし〉〈高山に早く雪がある年は大雪なし〉など多数ある。一般に冬の前兆は11月になって現れる傾向が多く,秋の天候とはむしろ逆の傾向があるようである。
執筆者:高橋 浩一郎
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天気や天候・気候について、古来伝承されてきた経験則。内外ともその数は非常に多いが、それらは統計的に検証されたものはたいへん少なく、そこに一部の真理が含まれた経験であるとしても、それは科学的気象学ないし天気予報術の前段にあたる人間の知恵と考えられる。天気俚諺の内容を調べてみると、天気、天候および気候を対象としたもの、季節の特徴を知識として要約したもの、さまざまな予想をその内容とするものなどに分けられる。
予言的内容のものは動植物などの物類にその前兆を求めるものと、風・雪などの大気現象など無生物的自然に前兆をみいだしたものに分けられる。また地域的には、ある地域だけに特有の天気の変化に注目したもの、かなり広範囲にどこでも利用可能な現象を要約したものなどに分けられる。
動植物のさまざまな生態に前兆を求める場合、その判断は天気の影響→生物の生態→天気予想というように、どうしてもその判断が間接的になるので、予想精度は落ちる。しかし生物においては、そのときまでの過去と現在の気象などが積算して表れている場合も少なくないので、積算効果としての影響がある気候や季節の場合には、生物を前兆とみた判断が役だつことが少なくない。
内外とも天気俚諺は古代からの長い歴史をもつものである。それは紀元前のバビロニア文明の時代からすでに考えられていたことであるが、たとえば、「月に暈(かさ)がかぶると雨や雲が多くなるだろう」というようなことは、すでにそのころから知られていた。聖書の「マタイ伝」には次のような天気俚諺が述べられている。
「夕べには汝(なんじ)ら、空赤きがゆえに晴れならん」
「あしたには、空赤くして曇るゆえに、きょうは風雨ならん」
また、わが国の『万葉集』や古代歌謡には天気に触れた歌が多いが、たとえば、『古事記』
畝火山(うねびやま)昼は雲とゐ夕されば風吹かむとぞ木の葉さやける
は、伊須気余理比売(いすけよりひめ)(神武(じんむ)天皇の皇后)が3人の皇子の暗殺を恐れ、その危難を皇子に知らせるために詠まれたものであるが、そのままの意味では風吹かんとする前兆を述べたものである。
天気俚諺はその後農事および航海に関連し種類も増え、内容も豊富になっていく。このうち航海に関するものは、航海者の生命に関することでもあるので、内容的にはより正確なものが求められたが、これらのなかには現在の学理とも矛盾しないものが少なくない。
ヨーロッパでは、これにさらに占星術的な考え方が、日本や中国では陰陽五行説的な解釈が付け加わって天気暦のようなものがつくられ、ヨーロッパでは11~17世紀ごろにこれがたいへん流行した。このような暦から迷信的な部分を一掃し、農民らに役だつ暦(アルマナック)をつくったのはアメリカのB・フランクリンである。この形式の農事暦は現在もアメリカでは刊行が続けられ、隠れたベストセラーの一冊となっている。
[根本順吉]
『全国学農聯盟編『農事必携・全国天気予知』(1948・学習社)』▽『R. InwardsWeather Lore (1950, Rider and Co.)』▽『根本順吉著『天候さまざま』(1974・玉川大学出版部)』▽『藤井幸雄著『観天望気入門』(1976・青春出版社)』▽『R. RageWeather Forecasting (1977, The Country Way, Penguin Books)』▽『大後美保編『天気予知ことわざ辞典』(1984・東京堂出版)』
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