金(きん)代の女真族が女真語を写すために創造した文字。女真語はアルタイ語系のツングース語の一種である。女真文字には大字と小字の2種がある。女真大字は太祖阿骨打(アクダ)の命により1119年完顔希尹(ワンヤンきいん)(?―1140)がつくり頒布したもの。希尹は契丹(きったん)文字に倣って女真大字をつくったという。女真小字は煕宗(きそう)の1138年に作成され、1145年から使われ始めた。大字と小字については、(1)現存する女真文字はすべて女真大字であって、女真小字はまだ発見されていない、とする説と、(2)現存する女真文字の大部分は大字であるが、いくつかの大字を組み合わせた字が小字である、という説とがある。
女真文字は漢文と同じく上から下へ、右から左へ行を追って書かれる。文字の成り立ちは、(1)漢字を基本とし、これに筆画を増減させてつくったもの、(2)契丹文字を基本とし、これに筆画を増減させてつくったもの、(3)契丹文字をそのまま女真文字としたものがある。音節では、1字で1音節のもの、1字で2~3音節のもの、2~3字で1音節を表すものなどがある。
女真語の資料には、〔1〕文書資料、〔2〕金石文、〔3〕墨跡資料がある。
〔1〕文書資料には、(1)明(みん)の四夷館(しいかん)の編纂(へんさん)した乙種本『華夷訳語(かいやくご)』中の「女真館訳語」と「女真館来文」、(2)明の会同館が編纂した丙種本『華夷訳語』中の「女真訳語」がある。(1)には女真文字と漢字音とを対比させ、漢字訳語を付してあるが、(2)には女真文字は記されていない。
〔2〕金石文には「大金得勝陀頌(だしょう)碑」「女真進士題名碑」「永寧寺碑」「奥屯良弼(おくとんりょうひつ)詩碑」「慶源郡女真国書碑」などがある。
〔3〕墨跡資料にはフフホト市「白塔女真文題字」「陝西(せんせい)石台孝経頂部発現女真字文書」などがある。
女真語の語彙(ごい)と満州語の語彙とは、完全に一致するものもあるが異なるものも少なくない。しかしツングース諸語のなかでは両者はもっとも近く、両者は系譜的に連なるので、女真語は満州語の祖語であると考えられる。
[河内良弘]
女真語を書き表す文字。女真語はツングース・満州諸言語(ツングース諸語)の一つで,これらの言語のうちでも系統的に満州語に最も近い。女真語を使った女真族は,中国の東北地域に1115年から1234年まで存続した金を建国した民族である。女真は古く〈女(じよちよく)〉(以下,便宜上〈直〉とする)とも書かれた。《金史》によると,女真人ははじめ文字がなく契丹文字を用いたが,太祖の命により完顔希尹が漢字の楷書にならい,また契丹文字の制度に拠って,女真語に合う女真文字をつくった。これを女真大字というが,1119年(天輔3)に字書ができ,太祖はこの文字を広めるように命じた。しかしその後,1138年(天眷1),新しい女真文字が煕宗によってつくられる。これを女真小字というが,1145年(皇統5)以降金国内で用いられたとされる。女真語と女真文字は明の時代までおこなわれたが,のち使用されなくなった。女真文字で書いた現存資料には,金時代のものに〈大金得勝陀頌碑〉などの金石文があり,紙に書いた文書断片も最近発見されている。日本でも鎌倉幕府の記録《吾妻鏡》の貞応3年(1224)の条に,前年漂着の高麗人の帯の銀筒に刻まれていたという女真文字4字の写しが載っている。明時代のものには〈永寧寺碑〉の碑文のほか,中国語と近隣言語との対訳語集《華夷訳語》のうちの《女直館訳語》と《女直館来文》がある。女真文字の字形は漢字,契丹文字に似ており,書き方も漢字のように右から左へたて書きにする。女真文字は表意文字と表音文字をふくみ,前者は1字で一つの単語を表し,後者は音節を表す。1音節を表すもののほか,1字で2音節の連続を表すものもある。
執筆者:池上 二良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
女真が女真語を写すために作製し使用した文字。女真語はアルタイ語系のトゥングース諸語に属し,満洲語に最も近い。女真文字には大字,小字があり,大字は1119年金の太祖(阿骨打(アグダ))の命で完顔希尹(ワンヤンきいん)が契丹(きったん)文字と漢字を模してつくったといわれ,小字は38年につくられ,女真民族の国粋保存につとめた。『華夷(かい)訳語』中の『女真館訳語』など明代の女真文字資料も残っている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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