張成沢(読み)ちゃんそんてく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「張成沢」の意味・わかりやすい解説

張成沢
ちゃんそんてく
(1946―2013)

北朝鮮朝鮮民主主義人民共和国)の政治家。金正日(キムジョンイル)の実妹である金慶喜(キムギョンヒ)(1946― )の夫。1月22日生まれ。金日成(キムイルソン)総合大学を卒業後、モスクワ大学留学。1988年朝鮮労働党中央委員会青少年事業部長、1989年党中央委員会青年三大革命小組部長、1995年から人事を担当する党中央委員会組織指導部第一副部長を務め、金正日の側近として注目されたが、2003年10月から2年間以上にわたって公式報道に現れず失脚説が出た時期もあった。2007年8月党中央委員会行政部長就任が判明し、2009年4月国防委員、2010年6月国防委員会副委員長、2012年4月党中央委員会政治局員となった。その他、「羅先(ラソン)経済貿易地帯と黄金坪(ファングムピョン)・威化島(ウィファド)経済地帯共同開発および共同管理のための朝中共同指導委員会」の北朝鮮側委員長や国家体育指導委員会委員長を務めた。

 妻の金慶喜とともに金正恩(キムジョンウン)の後見役と目されてきたが、2013年12月8日の朝鮮労働党政治局拡大会議ですべての役職からの解任と党からの除名が決定、同月12日の国家安全保衛部特別軍事法廷で「国家転覆陰謀」を謀ったとされて死刑判決が下され、即時執行された。金正日の死去後に「いよいよ時が来たと考えて本性を現し始めた。継承問題を妨害して大逆罪を犯し」、クーデターを企てたと発表された。「起訴された張成沢の一切の犯行審理の過程で100%立証され、被告は全面的に認めた」という。「党と国家の最高権力簒奪(さんだつ)」しようとしたという理由による、この粛清を機に「金正恩同志以外にはだれも知らない」とのスローガンが掲げられるようになり、金正恩を唯一の指導者に据える「唯一的領導体系」が強調された。

[礒﨑敦仁 2020年2月17日]

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知恵蔵 「張成沢」の解説

張成沢

1946年に生まれ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国防委員会副委員長を務めた。金正恩(キム・ジョンウン)第一書記の叔母の配偶者で、金正恩体制を支える有力幹部であった。2013年12月には国家転覆陰謀のかどで全役職を解任され、朝鮮労働党を除名されて刑死した。
張成沢は、金日成総合大学で上級生だった後の総書記、金正日(キム・ジョンイル)に見いだされた。同級生には金総書記の妹である金敬姫(キム・ギョンヒ)が在籍し、この時の出会いから後に結婚する。モスクワ留学などを経て党の役職を歴任し、何度か失脚と再起を繰り返すが、金総書記の側近として仕えた。10年には国防委員会副委員長に就任、11年の金総書記逝去の際は、金敬姫と共に葬儀委員として高位に列せられた。政権を継いだ金第一書記の姻族であり、経済通で中国との関係が深く、日本・韓国との交渉にも当たったことなどから、権力の後見人、ナンバー2などとも言われた。
張の粛清の背景を巡って、各国各層からは多様な見方がなされている。利権を巡る軍部との確執、張の汚職や私生活の乱脈、金敬姫との不仲、新政権になってからの横柄ともとれる態度、はては金第一書記の兄、金正男(キム・ジョンナム)を担いでのクーデター未遂説などまで取りざたされる。しかし、一般的には張に権力を脅かすほどの影響力があるとは考えにくい。また、羅先(ラソン)特別市を経済特区として中国・ロシアに租借させた「売国」行為が具体的罪状として掲げられた。同国では建国や朝鮮戦争の経緯により、チュチェ(主体)思想が基本に据えられている。これに基づき、共産圏にありながらロシア(旧ソ連)や中国から一定の距離を保ち続けてきた。こうした同国の基本的姿勢に、近年の張の動向が背反していたことなどが指弾を受けた要因と考えられている。

(金谷俊秀  ライター / 2014年)

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百科事典マイペディア 「張成沢」の意味・わかりやすい解説

張成沢【ちょうせいたく】

北朝鮮の政治家。江原道川内郡出身,金日成総合大学を卒業。1968年から1972年まで旧ソ連・モスクワに留学。大学在学中から金正日の知遇を得,側近として,朝鮮民主主義人民共和国国防委員会副委員長をはじめ朝鮮労働党中央委員会政治局,朝鮮労働党軍事委員会で要職につき,朝鮮人民軍では大将。党・国家・軍のすべての組織に影響力をもつ実力者として金正日亡き後金正恩体制のナンバー2の位置にあった。妻は金日成の娘で金正日の妹の金敬姫。2013年12月粛清され,朝鮮労働党から除名,即時に,〈国家転覆陰謀行為〉により死刑判決を受け即日処刑された。旧ソ連のスターリン型粛清を思わせるこの粛清事件は,党政治局拡大会議の議場から連行されるビデオ映像と罪状を糾弾する音声とともに北朝鮮国営放送で繰り返し放映された。その後,張一族や側近たちの粛清も伝えられ,全体主義国家の権力の実態が世界に衝撃をもたらした。粛清の原因について,軍・党間の熾烈な利権争い,金正恩独裁体制の強化,権力闘争などさまざまな観測が伝えられたが真相はまったく不明である。北朝鮮の対外関係の要にいた権力者の失脚で金正恩体制の最大の後ろ盾である中国との関係が冷却する可能性が指摘されている。

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