日本大百科全書(ニッポニカ) 「いじめ」の意味・わかりやすい解説
いじめ
bullying
いじめは「自分より弱い者に対して、一方的に身体的・心理的攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」と定義される。日本では1980年代ごろから教育現場で顕著になっていたが、1990年代になって深刻な社会問題としてとらえられるようになった。その象徴として社会に衝撃を与えたのが、1994年(平成6)愛知県の中学2年生がいじめを苦に自殺したという事件である。相手をこうした状況に追い込む可能性のある、きわめて非行に近い行為に対しては「いじめ非行」という用語も使われるようになった。
[神山正弘]
日本のいじめ問題
文部省(現、文部科学省)は、1995年の「いじめ対策緊急会議」の報告、および「いじめ問題の取組みの徹底等について」の通知において、臨床心理士を中心としたスクールカウンセラーの学校への派遣、いじめの情報提供・電話相談などを行ういじめ問題対策情報センターの設置など、いじめ対策の基本的な方針を明らかにした(いじめ問題対策情報センターは2001年3月に業務終了)。また1996年同省に設置された児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議は、「いじめは特別の児童生徒間または特別の学校での事柄ではなく、いつ自分のクラスの児童生徒や自分の学校に深刻ないじめ事件が発生するかもしれないという気持ちをつねにもっていることが大切である」と警告する報告書をまとめた。
いじめの発生件数は、1998年度(平成10)で約3万6400件であり、小学校ではおよそ6校に1校(17.1%)、中学校では2校に1校(44.6%)、高等学校では3校に1校(29.6%)、特殊教育学校(盲学校、聾(ろう)学校、養護学校)では13校に1校(7.7%)で起きたことになる。その全体的態様は、以下のようになっている。
(1)冷やかし・からかい 28.5%
(2)ことばでの脅し 17.4%
(3)暴力 15.5%
(4)仲間はずれ 15.2%
(5)持ち物隠し 7.7%
(6)集団による無視 5.8%
(7)たかり 3.1%
(8)おせっかい親切の押付け 1.4%
(9)その他 5.4%
いじめの場は、集団外と集団内の二つに分けられる。集団外のいじめは古典的なタイプであり、集団に属しないものに対する攻撃や排除として現れる。実際に集団に帰属する・しないにかかわらず、価値観や外見を理由に異質なものを排除するために行われる。これに対し集団内の場合は、内部の秩序維持や価値観の一体化のための、集団内の弱い者に対する迫害、物品の強要や行動の強制などが多いとされる。社会病理学者の森田洋司(1941―2019)による「いじめの四層構造」説は、いじめは加害者、被害者、観客、傍観者の四者関係で成り立つというものであり、その特徴をよく表している。
文部省調査研究協力者会議報告によると、いじめの社会的・制度的背景について、以下の三つの要因が指摘されている。
(1)家庭的要因 乳幼児期から、基本的な生活習慣や生活態度が十分に教育されていないこと。
(2)学校的要因 単一の尺度で児童生徒を評価しがちな傾向がなおみられること。ひとりひとりの個性、特性を伸ばす教育が十分行われていないこと。ともすると指導が柔軟性に欠け、児童生徒の多様な実態に十分に対応できていないこと。
(3)地域社会の要因 住民の連帯意識が希薄化し、地域社会全体で子どもを育てるという意識が低下し、その教育力が低下していること。
いじめをなくすためには、閉鎖的な学校を思いきって開き、固定的な教育発想から抜け出すこと、子どもたちの生活空間を広げ、遊びや生活における自己形成を励ますことが必要になる。それは日本の学校の慣習や教師の文化、学校の試験や進学の仕組みを変えることにほかならない。
[神山正弘]
文部科学省初等中等教育局児童生徒課が公表した「平成29年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、「いじめの認知件数(国公私立小・中・高等学校、特殊教育諸学校を調査。高等学校には通信制家庭を含める)」は、41万4378件。「いじめの認知率の推移(1000人当たりの認知件数。調査対象は上に同じ)」は、小学校49.1件、中学校24.0件、高等学校4.3件、特殊教育諸学校14.5件であった。
[編集部 2020年1月21日]
世界のいじめ問題
いじめは、国境を越えて存在する各国共通の悩みである。英語でいういじめbullyingは「1人またはそれ以上の者が、力の弱い者に対して脅かしたり身体的苦痛を与えたりすること」とされている。通常、男子の場合は「仲間はずれ」と「身体的攻撃」が、女子の場合は「仲間はずれ」と「服装や容姿に対するからかい」が典型となっている。
アメリカでは、在学生徒の約10%がいじめの被害にあっているとされ、それが原因でランチタイムや休み時間中の引きこもり、仮病による欠席などをもたらしているという。長期的には、自尊心の損傷、恐怖心や不安感の蓄積、学力の未形成などを生み出し、登校忌避に至る場合が多い。こうしたトラウマtrauma(心的外傷)は、カウンセリングを必要とするほどだという。
ヨーロッパでも、ノルウェーの児童心理学者オルウェーズDan Olweus(1931―2020)の調査などによっていじめの実態が明らかにされ、対策がとられている。1983年のノルウェーの調査では、全国公立小・中学生約57万人のうち約8万人(15%)、すなわち7人に1人がなんらかの被害者としていじめを体験していると推計された。1990年のイギリスのある地域での調査では、10~20%の範囲で被害を受けているとの調査報告がある。
児童臨床心理学者の深谷和子(ふかやかずこ)(1935―2024)は、いじめとその周辺行為を、(1)小さな攻撃、(2)いじめ、(3)いじめ非行に分類し、外国との共通性は(1)と(3)であり、(2)は日本固有の現象ではないかという見解を提起する。それは日本社会の人権意識の低さに由来するものではないかという意見である。
[神山正弘]
『人権実務研究会著『「いじめ」Q&A――子どもの人権を守ろう』(1994・ぎょうせい)』▽『近藤邦夫著『教師と子どもの関係づくり――学校の臨床心理学』(1994・東京大学出版会)』▽『森田洋司・清永賢二著『いじめ――教室の病い』(1994・金子書房)』▽『稲村博・斎藤友紀雄編『現代のエスプリ別冊 いじめ自殺』(1995・至文堂)』▽『D・オルウェーズ著、松井賚夫・角山剛・都築幸恵訳『いじめ こうすれば防げる――ノルウェーにおける成功例』(1995・川島書店)』▽『深谷和子著『「いじめ世界」の子どもたち――教室の深淵』(1996・金子書房)』▽『文部省初等中等教育局中学校課編『生徒指導上の諸問題の現状と文部省の施策について』(1999・文部省初等中等教育局中学校課)』▽『森田洋司他編『日本のいじめ――予防・対応に生かすデータ集』(1999・金子書房)』