もっとも悪い意味でいえば、相手を欺く意図をもって架空の事態をつくりだし、言語、表情その他の手段を用いて迫真的に表現し、この架空情報により相手を誤らせ、なんらかの利己的目的を達成し利得を収める行為がうそである。その点では、詐欺事件などに現れるうそが典型的なうそといえる。
しかし、前述の要件をすべて備えていなければうそといわないかといえば、かならずしもそうではない。たとえば、意図したわけではないが、結果的にうそになる場合もある。積極的悪意をもって行うこともあれば、追い詰められてやむをえずうそをつくこともある。精神分析学者のフロイトは、『日常生活の精神病理』(1904)のなかで多くの言い損ないや記憶錯誤の事例を分析し、なんらかの無意識の願望が充足を求めてこうした錯覚をつくりだすことを論証した。うそと錯覚(抑圧された願望)とは意図の自覚性の有無によって判別されることになるが、その境界は微妙といわねばならない。証言の研究では、緊急事態における目撃証言の一致度はきわめて低いこと、また暗示刺激によって容易に誘導されることなどが実証されている。このように一つ一つ吟味していくと、うその必要条件として日常もっとも重視されている架空の状態をつくるという点は、実際は根拠薄弱といわねばならない。真実はかならずしも一つではなく、また事象の判別基準も人ごとに異なる。また、人間の記憶のうちエピソード的側面は想起状況や記憶の文脈によって変容を受ける。これらを考え合わせると結局、冒頭にあげた要件を多く具備するほど典型的うそに近づき、これらを欠くほど錯覚や記憶違い、主観の相違に近づき、その中間にはさまざまな現象があるといえよう。
このような事情をことによく示すのは、子供の場合である。幼児のうそには大人のような典型的なものはまれで、言語技能の不十分さに基づく結果的なうそなど単純なものが大部分を占める。とくに注意すべきは、フロイトのいう願望充足の機制によるものである。父親に愛されていないと感じている男児が、架空の伯父の過大な愛情を受ける話などを幼稚園で問わず語りして周囲を不審がらせるような例は珍しくない。子供は願望と現実とを厳密に区別しないために、大人の目からはきわめて奇異にみえるが、この場合子供の欲求不満の所在がむしろ問題となる。ゾウや小人などの想像上の友だちと空想のなかで遊ぶ(イマジナリー・コンパニオンimaginary companion)という例も子供では珍しくないが、これも願望充足に属するものであろう。ここからまた、空想癖や物語創作などさまざまな派生物も生まれてくる。子供のうそでもう一つ注意すべきものは自己防衛のためのうそで、禁止を犯したあとの叱責(しっせき)を恐れて幼稚な工作を行うことがある。この際も、しつけが厳しすぎないかなどに反省の必要がある。
[藤永 保]
『ジークムント・フロイト著、井村恒郎訳『フロイト著作集4 日常生活の精神病理学ほか』(1983・人文書院)』▽『ジョン・C・エックルス他著、大村裕他訳『心は脳を超える――人間存在の不思議』(1989・紀伊國屋書店)』▽『M・スコット・ペック著、森英明訳『平気でうそをつく人たち――虚偽と邪悪の心理学』(1996・草思社)』▽『折橋徹彦・杉田正樹著『うその自己分析――虚感の時代を生きる』(1999・日本評論社)』▽『チャールズ・V・フォード著、森英明訳『うそつき――うそと自己欺まんの心理学』(2002・草思社)』▽『厳島行雄・仲真紀子・原聰著『目撃証言の心理学』(2003・北大路書房)』
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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