コバーン(読み)こばーん(英語表記)Alvin Langdon Coburn

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コバーン」の意味・わかりやすい解説

コバーン
こばーん
Alvin Langdon Coburn
(1882―1966)

アメリカの写真家。ボストン生まれ。19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米などで広汎に起こった絵画主義(ピクトリアリズム。絵画の主題や手法に準じる写真の様式)の写真潮流を代表する一人。富裕な家庭環境に育ち、縁戚の写真家ホランド・デイHolland Day(1864―1933)に直接指導を受け、極めて早熟な才能の開花ぶりをしめした。18歳からグループ展などでソフト・フォーカス・レンズを駆使したさまざまな作品を発表しはじめる。活動の初期から、当時の絵画主義写真家たちが好んだ印画技法を独自に研究し、ゴム印画法アラビアゴム、重クロム酸塩カリウムと各種の顔料の混合乳剤を塗布した紙などの支持体に画像を焼付ける写真印画法で、画面のテクスチュアや色調をコントロールしやすく、耐久性にも優れている)とプラチナ印画法(プラチナの感光性を利用した印画法。長期保存に優れる)を結合させた革新的な方法を編みだすことに成功、その豊かで深みのあるプリント・ワークで注目を集めた。また、1902年と1903年に画家アーサー・ウェズリー・ダウArthur Wesley Dow(1857―1922)の主宰するサマースクールに参加、ダウから教えられた歌川広重(ひろしげ)や葛飾北斎(かつしかほくさい)らの日本の浮世絵版画に心酔し、深く影響を受けるようになった。

 その後、アルフレッド・スティーグリッツらがニューヨークで結成した尖鋭的な写真家グループ「フォトセセッション」(1902年創立)に1904年から参加。その一方で、『メトロポリタン・マガジン』Metropolitan Magazine誌に発表するため、イギリスやアイルランドの文人、芸術家の肖像を撮影する一連の仕事を1904年より手がけ、バーナード・ショーイェーツ、チェスタートンなどをモデルに象徴主義風スタイルの肖像作品を制作、とくにショーからは「現在活躍中の最も熟達した、感受性豊かな写真家」と賞賛された。それらの肖像群は、コバーンが自ら習得したフォトグラビュール(photogravure。1879年にウィーンの印刷技術者カール・クリッチュKarl Klič(1841―1926)が考案した、連続した調子で写真を複製することができる写真製版の技法)の手刷り印刷により、『メン・オブ・マーク』Men of Mark(1913)と題するポートフォリオ(作品集)として公刊された。

 だが、第一次世界大戦以前のコバーンの代表作として今日最も高く評価されているのは、霧深いロンドンやニューヨークなどの都市景観を、黄昏(たそがれ)の薄明のなかで大胆に省略されたフレーミングにより撮影した作品群である。写真こそが近代都市のダイナミズムをとらえることができる最有力のメディアである、という見解を彼はエッセイの中でも表明していた。その都市表現は、『ロンドン』London(1909)、『ニューヨーク』New York(1910)という二つの出版物にまとめられ、世に問われた。

 1912年に生活拠点をすべてイギリスへ移してから、コバーンはエズラ・パウンド、ウィンダム・ルイスWyndham Lewis(1882―1957)らの文学者と交流を深め、彼らのとなえる渦巻き主義(ボーティシズムvorticism。1914年にロンドンで創刊された『疾風』Biast誌を拠点とするイギリスの前衛芸術運動)に感化されながら、作風をさらに実験的な方向にむかわせた。3枚の鏡を使い、万華鏡に似た装置を作成して1917年に撮影した一群の抽象的作品は、もはや絵画主義写真という枠を大きく逸脱し、未知の清新な領域に踏み込もうとする挑戦だった。

 しかし、それ以後、コバーンの関心は神秘主義思想に向くようになり、写真制作からは離れ、晩年は北ウェールズで隠棲の日々を送った。

[大日方欣一]

『London (1909, Duckworth & Co, London)』『New York (1910, Brentano's Publishers, New York)』『Men of Mark (1913, Kennerley, New York)』『William Innes HomerAlfred Stieglitz and the Photo-Secession (1983, New York Graphic Society, New York)』『Mike WeaverAlvin Langdon Coburn; Symbolist Photographer (1986, Aperture, New York)』


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