日本大百科全書(ニッポニカ) 「たらい」の意味・わかりやすい解説
たらい
たらい / 盥
洗顔、手水(ちょうず)、洗濯などに使う水や湯を入れるための円形容器。「たらい」は、た(手)あらい(洗い)が詰まったことばで、古くから使われている。種類が多く、時代による変化も大きい。素材からいうと、土製、陶製、金属製、木製などがあるが、古代には土製の土師(はじ)盥や陶(すえ)盥が用いられた。また特殊なものに、大嘗祭(おおにえのまつり)に天皇が神前で口をすすぎ、手を洗うのに使う白木(しらき)製で円形の盥や、土製で楕円(だえん)形の魚のひれ形の取っ手がついた蝦鰭槽(えびのはたふね)という盥がある。これらは手白瓫(たしらか)とよぶ土製の水注(みずつ)ぎとセットになっている。
盥が日常的に使われるようになるのは、平安時代になって朝起きてから楊枝(ようじ)を使い、口をすすぐという習慣が始まり、さらに鎌倉時代になって顔を洗う習慣が中国から入ってきてからのことである。当時使われた盥は角(つの)盥である。これは木製の挽物(ひきもの)で、左右に長い柄(え)が2本ずつ角のようについた黒漆塗りのもので、角は持ち運ぶときの取っ手であると同時に、洗顔のときこれで袖(そで)を押さえてぬれるのを防いだ。角盥は洗髪、洗濯、剃髪(ていはつ)、医療用にも使われたが、普通水瓶(びょう)や匜(はんぞう)(木製漆塗りの水注ぎ)がいっしょに使われた。
室町時代の末から近世の初めにかけて桶(おけ)盥が普及してくる。板を並べて箍(たが)で締める桶盥は、自由な大きさにつくれるため大小さまざまなものがつくられ、また江戸時代になると洗濯盥と行水盥を兼ねた大盥、脚を高くした洗面盥などもつくられた。一方角盥にかわり、より小形で左右に半円形の取っ手のついた耳盥ができ、これは鉄漿(かね)つけ盥にも使われた。明治以降は金属製やほうろう製の洗面器が主体になり、従来の盥はもっぱら洗濯や行水用になった。
[小泉和子]