ノルウェーの人類学者、考古学者、探検家。文化伝播(でんぱ)における風や潮流の海洋学的要因を重視し、ポリネシア文化の源流が南アメリカのプレ・インカ期の文明にあること、アメリカ大陸の古代文明が古代オリエントの文明の影響の下に成立したことなどを唱えた。彼は自説を証明するのに、コン・ティキ号(1947)、ラーⅠ、Ⅱ号(1969、1970)など、古代の船を復原して漂流実験を行い、ガラパゴス諸島の探検(1953)やイースター島の考古学調査(1955~1956)も行った。1977~1978年には、古代メソポタミアのシュメール人の船を復原し、アフリカ紅海沿岸のジブチまでの航海を行っているが、彼の伝播説は学界の定説となっていない。
[田村克己 2018年12月13日]
『T・ヘイエルダール著、永井淳訳『葦舟ラー号航海記』(1971・草思社)』▽『トール・ヘイエルダール著、国分直一・木村伸義訳『海洋の人類誌』(1990・法政大学出版局)』▽『T・ヘイエルダール著、山田晃訳『ファツ・ヒバ――楽園を求めて』上・下(社会思想社・現代教養文庫)』▽『トール・ヘイエルダール著、山田晃訳『アク・アク――孤島イースター島の秘密』(社会思想社・現代教養文庫)』▽『T・ヘイエルダール著、水口志計夫訳『コン・ティキ号探検記』(ちくま文庫)』
ノルウェーの人類学者,探険家。はじめ動物学を専攻し,南太平洋の海洋生物研究のためにポリネシアのマルキーズ諸島に渡ったが,ここでポリネシア人の祖先は南アメリカに由来するのではないかという着想を得た。その可能性を検証する目的で,1947年に5名の仲間とともに,コン・ティキ号と名付けたバルサ材の筏で,ペルーのカヤオからトゥアモトゥ諸島のラロイア環礁まで8300km,102日間の漂流実験を試みた。南アメリカのプレ・インカの巨石文化がイースター島その他のポリネシアの巨石文化に類似することをはじめ,南アメリカのインディオあるいは北アメリカ北西岸インディアンとポリネシア人の,双方の文化にいくつかの類似点がみられること,さらに貿易風が東から西への航海を容易ならしめていることなどが,ヘイエルダールの仮説の根拠となっている。しかし彼の論証には牽強付会の点が多く,ポリネシア人の源流を東南アジアに求める学界の定説を覆すにはいたっていない。ヘイエルダールはその後,古代エジプトから南アメリカへの人類移動の仮説を立て,70年に葦舟ラー号による大西洋横断の漂流実験を試みてこれに成功したが,この場合にも彼の主張には無理が多く,学界の認めるところとはなっていない。学界では認められぬものの,文才に富み,その著書《コン・ティキ号探検記》(1950),《アク・アク》(1958)は世界的ベストセラーとなり,彼の知名度を高めた。
執筆者:石川 栄吉
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…草を用いているため強度が不足し,あまり大型のものは製作できないので,長距離の航海には使用されず,もっぱら川や湖などで使用されている。ただし,人類学者T.ヘイエルダールは,1970年ナイル川の葦を材料とし,ペルーのアイマラ族の技法によって全長12mの葦舟ラーII世号を製作し,モロッコから西インド諸島までの大西洋横断航海を行って,葦舟が内水面用だけの舟ではなく外洋航海にも使用されていたと主張した。日本では《古事記》に水蛭子(ひるこ)を葦舟に入れて流し去ったとの記事があり,古くは葦舟が使用されていたと想像される。…
…昔から難船漂流の悲劇は洋の東西を問わずきわめて多い。漂流には学術上の目的で行ったものと,海難事故によるものがあり,前者では1947年T.ヘイエルダールが人類学上の自説を立証するため,〈コン・ティキ号〉と名づけたいかだで太平洋横断を決行した例(《コン・ティキ号探検記》),52年アラン・ボンバールが海の魚とプランクトンだけを食べ,海水と雨水で渇きをしのぎ,単身〈異端者号〉と名づけたゴムボートで大西洋横断漂流に成功した例(《実験漂流記》),日本では数次の漂流実験後,75年斎藤実が〈ヘノカッパII世号〉でサイパン島から沖縄に向かって漂流実験した例(〈漂流実験〉)などが著名である。 四面環海の日本では後者の海難漂流が多く,古くは7世紀の遣唐使船の漂流以来,その例が多く,とくに近世には大量に発生した。…
※「ヘイエルダール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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