改訂新版 世界大百科事典 「めまい」の意味・わかりやすい解説
めまい
vertigo
dizziness
眩暈(げんうん)ともいう。〈実際は周囲の物が静止しているのに,いろいろな方向に動くようにみえたり,またまっすぐ立とうとしてもできない状態〉とか,〈周囲や患者自身は運動していないのに,動いているように感ずる異常感覚〉などと定義される。いずれにしろ,めまいは,身体の平衡に関係した部位の障害もしくは異常感覚により起こる自覚症状である。めまいの性質も,起こった病気あるいは感じ方によりさまざまで,自分や周囲のものがぐるぐる回る(回転性めまい),身体がふらふらする(動揺感),身体が浮くような感じ(浮動感),目の前が暗くなる(眼前暗黒感)などがある。
人間が直立したり歩行したり,また運動したりできるのは,身体の平衡がうまく保たれているからである。このような身体の平衡に関係する部位としては,耳のいちばん奥にある内耳の前庭三半規管,内耳からでる前庭神経と深い関係をもつ脳幹や小脳,筋肉や腱の深部知覚系と呼ばれるところ,および視覚系(眼)などがある。このような身体の平衡に関係した部位のどこかに病気が起こると,身体の平衡がくずれて,めまいを感ずるようになる。
内耳の障害とめまい
これらのなかでも,とくに内耳は身体の平衡に深く関係しており,内耳に病気が起こると激しいめまいを感ずる。メニエール病は,内耳がむくむ(内リンパ水腫と呼ばれている)ために起こる病気と考えられているが,前庭三半規管と,音を感ずる蝸牛を含む内耳全体に異常が起こるため,めまいとともに耳鳴りとか難聴が起こる。健康な人では,両方の耳にある内耳が同じように働いて身体の平衡がうまく保たれている。これはちょうど,てんびんの両方の重さがまったく等しくて,水平を保つのと似ている。ところがメニエール病のように,一側の内耳に異常が起こると,てんびんの片方が重く反対側が軽くなって傾くのと同じように,身体の平衡がくずれてしまう。これが平衡の障害であり,自覚的には激しいめまいとして感じられるものである。このように内耳に起こった異常は,前庭神経を経由して脳幹に入り,眼を動かす神経に伝えられる。めまいを起こしている人の眼を見ると,眼が激しく動いているのがみられることが多いが,これは眼振と呼ばれるものである。したがって,めまいを訴える人の検査として最もよく用いられるのは,眼振があるかどうかをみる検査である。この検査は,フレンツェルの眼鏡という,視覚をさえぎる特殊な眼鏡を使って行われるもので,眼振がはっきりと観察できる。
内耳に異常が起こったという情報は,脊髄のほうにも伝えられる。したがって,身体がふらついてうまく立てなかったり歩けなかったり,ひどい場合は倒れたりする。すなわち内耳の異常が,身体の平衡失調という形であらわれてくる。また内耳の異常は,自律神経にも伝えられ,心臓がどきどきしたり,冷や汗がでたり,吐き気がして吐いたりする。このような内耳の病気が原因で起こるめまいには,メニエール病のほかに,発作性頭位眩暈,突発性難聴,前庭神経炎などと呼ばれる病気がある。発作性頭位眩暈は,内耳の前庭の中にある耳石器の障害で起こることが多く,その特徴は頭や身体の位置を変えたとき,すなわち急に寝たり起きたりしたり,寝返りをうったりしたときにだけ起こるめまいである。突発性難聴は,急にどちらかの耳が聞こえなくなり,ひどいめまいを起こす。メニエール病と違うところは,めまい発作をくり返さないことである。激しいめまい発作が1回だけ起こって,かなり長く続くが,耳鳴りや難聴を起こさない病気を前庭神経炎と呼んでいる。これは,風邪をひいているときに起こったり,ときには血液の循環障害で起こったりする。
脳幹,小脳とめまい
めまいに関係するところとして,以上のほかに脳幹や小脳がある。したがって,このようなところに脳腫瘍ができたり,あるいは血管がつまったり出血を起こしたりしても,身体の平衡状態がくずれ,ときには激しいめまいを起こしてくる。脳腫瘍は少しずつ大きくなっていくので,腫瘍が大きくなると,身体がよろけるとか,歩きにくいという症状がでてくる。血管がつまったり出血が起こったりすると,激しいめまいや歩行の障害が突然起こる。このような脳の病気で起こるめまいが内耳の病気と違う点は,耳鳴りや難聴が起こらない代りに,手足や顔がしびれるとか,物が二重に見えるとか,舌がもつれてうまくしゃべれないとか,ときには意識を失うというような神経の症状を伴うことである。小学生や中学生のころは乗物に酔いやすい。これは,乗物の加速度や異常な振動が内耳の中の耳石器や三半規管に伝わり,その刺激が自律神経に伝わって,吐き気がして吐いたり,顔面蒼白,冷や汗というような症状を起こすのである。これは加速度病とも呼ばれている。
→船酔い
視覚とめまい
視覚が身体の平衡に関係する例としては,高所眩暈症あるいは高所恐怖症と呼ばれる現象がある。すなわち,高いビルの屋上から下を見ると,ふらふらする感じがしたり,恐怖感を覚えたりするもので,視覚の影響による異常感覚である。この場合は,心理的要素も関係していることが考えられる。
サル,ネコ,ウサギなどにおいても,実験的に内耳を破壊すると,明らかな平衡失調が起こって眼振もみられ,うまく歩行できなくなる。また,イヌが乗物に酔いやすいことなどはよく知られたことであり,これらの事実は,動物においても,めまいや平衡障害が内耳と深い関係を有していることを示している。
めまいという言葉は,すでにギリシア時代にもあり,その記載はかなり昔からあるようである。しかしめまいに関する研究が詳細に行われ,急速な進歩をとげたのは,フランスの医師メニエールProsper Ménière(1799-1862)が内耳の病気が原因となっためまい症例を報告し,バーラーニRobert Bárány(1876-1936)が内耳の生理や検査法を中心とする一連の研究を発表した,19世紀後半から20世紀初めにかけてであった。近年,めまいの研究は神経耳科学として,さらにめざましい進歩をとげ,その成果が確立されつつある。
→平衡機能検査
執筆者:野末 道彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報