アドルフヨッフェ(その他表記)Adol’f Abramovich Ioffe

20世紀西洋人名事典 「アドルフヨッフェ」の解説

アドルフ ヨッフェ
Adol’f Abramovich Ioffe


1883 - 1927
ソ連外交官
元・ソビエト政府駐ドイツ大使,元・駐中国大使。
クリミア半島シンフェロポリ生まれ。
早くから社会主義運動に参加。1902年ロシア社会民主労働党に入党ベルリン大学チューリヒ大学医学法学を学ぶ。トロツキーなどと革命運動を進め、’17年ボリシェビキ党に入党。十月革命後、外交の分野で手腕を発揮し、ブレスト・リトフスク条約の交渉を始め、’18年ソビエト政府初代駐ドイツ大使、’22年駐中国大使を歴任。’23年孫文と共同宣言を発表。同年日ソ国交回復交渉のため来日するなど初期ソ連外交に重要な役割を演じる。トロツキーの追放ジノビエフ除名に抗議し、自殺

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む