世界大百科事典 第2版
「アブー・ムスリム」の意味・わかりやすい解説
アブー・ムスリム【Abū Muslim】
?‐755
ホラーサーンにおけるアッバース朝革命の指導者。アッバース家のイブラーヒームIbrāhīm b.Muḥammad(701∥702‐749)によって秘密の宣伝者(ダーイー)として派遣され,ウマイヤ朝打倒運動を指導,747年メルブで武装蜂起し,革命軍を西進させてウマイヤ朝軍を粉砕した。その功によりホラーサーン総督となったが,その在任中の751年,中央アジアのタラスで唐の大軍を破り,いっそう名声をあげた。しかし,彼の勢力伸張を恐れた第2代カリフのマンスールによって暗殺された。
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報
世界大百科事典内のアブー・ムスリムの言及
【ウマイヤ朝】より
…在位724‐743)の国家再建策も効を奏せず,同朝は崩壊への道を進んだ。747年アッバース家の宣伝者(ダーイー)アブー・ムスリムは,ホラーサーンのメルブで挙兵し,次いで749年,サッファーフはクーファでカリフを宣した。750年マルワーン2世が逃亡先の上エジプトで殺され,ウマイヤ朝は滅んだ。…
【本】より
…皮表紙の場合でも,鋭利な道具で文字や図案を切り刻むのと,鈍い道具で型押しするのと二つの方法があり,中世では主として前者が用いられ,9世紀に作られた〈フルダの福音書〉などはその代表的作例であるが,これも時代がくだるにつれ工芸的には堕落している。
[ルネサンス以後]
中国で発明された紙は,玄宗の天宝10年(751)唐がアッバース王家のアブー・ムスリムに敗れたのを契機として,サマルカンドやバグダードに伝わり,13世紀ついにイタリアやスペインにはいった。これが書物の形態を規定し,活字印刷術の発明が中世冊子本の普及を可能にした。…
※「アブー・ムスリム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報