日本大百科全書(ニッポニカ) 「アンズ」の意味・わかりやすい解説
アンズ
あんず / 杏子
apricot
[学] Prunus armeniaca L.
バラ科(APG分類:バラ科)の落葉中高木。カラモモともいう。果実を食用とするため古くから栽培されている。染色体数は2n=16である。放任樹では高さ15メートルにも達するが、栽培下では整枝剪定(せんてい)により5メートル前後が普通である。葉は互生し有柄で卵円形または広楕円(こうだえん)形、7~8センチメートルあり、小鋸歯(しょうきょし)がある。花は淡桃色ないしは桃色で、早春に開き、基本的には5弁花であるが、品種によっては重弁もある。雌しべは1本、雄しべは多数。自家自殖する。果実はウメに似て球形で、3~4センチメートル、初夏に乳白色ないしは黄色に熟す。多くは離核で、核は堅く灰褐色。
原産地は中国東部で、紀元前3000~前2000年より栽培され、アジア系を分化した。一方、古く中国西部を経て西アジアに伝わった系統は、紀元前からアルメニアで栽培され、二次的な遺伝的変異の中心をつくり、中央アジア系、イラン・コーカサス系、ジャンガラ・ザイル系、ヨーロッパ系などの4系統を分化した。ヨーロッパ系は地中海気候を好む。アメリカには18世紀に伝わり、カリフォルニアは大産地となった。日本へは中国から古く伝わり唐桃(からもも)といわれた。現在栽培されている代表的品種は、平和号、新潟大実、甲州大実、山形3号などで、長野県千曲(ちくま)市、長野市安茂里(あもり)が有名な産地である。
ウメ、モモ、スモモとは近縁で、接木(つぎき)のほか交雑もでき、プラムコットplumcotはスモモとの雑種である。フランスのアルプス山中のブリアンコンbriancon (P. brigantina)、中国東北区のP. sibirica、P. mandshuricaはともに野生で、アンズに近縁である。
[飯塚宗夫 2019年12月13日]
利用
2016年の全世界のアンズ果実生産量は年388万トン、そのうちトルコが73万トンを生産する。果実は生食のほか、乾果、缶詰、ネクター、アイスクリーム、ジュースとし、さらにジュースから強壮剤やリキュールをつくる。乾燥種子を杏仁(きょうにん)といい、杏仁豆腐(シンレントウフ)(杏仁を使った寒天よせ)、杏仁湯(シンレンタン)(杏仁の飲み物)など中国料理では広く利用されている。また、杏仁油、杏仁水の原料ともなる。
[飯塚宗夫 2019年12月13日]
薬用
核のなかに1個入っている種子(杏仁)は、青酸配糖体アミグダリンと脂肪油を含有しているので、漢方では鎮咳(ちんがい)、去痰(きょたん)、利尿剤として喘息(ぜんそく)、咳嗽(がいそう)(せき)、呼吸困難、便秘の治療に用いる。脂肪油を肌や顔につけると皮膚は潤沢になる。中国ではモウコアンズP. sibirica L.の仁も同様に用いる。昔、董奉(とうほう)という仙人が、病気を治した謝礼に金を受け取らず、アンズを植えさせ、やがてアンズの林になったと『神仙伝』に書いてあることから、のちに医者を杏林というようになった。
[長沢元夫 2019年12月13日]
民俗
アンズは杏子の唐音で、その名は『万葉集』にはなく、『和名抄(わみょうしょう)』に「加良毛毛(からもも)」とある。遅くとも10世紀までには渡来しており、『古今和歌集』で清原深養父(きよはらのふかやぶ)が、「逢ふからもものはなほこそ悲しけれ 別れむことをかねて思へば」と詠んでいることから、当時、すでに花が観賞されていたことがわかる。聖書に出てくる禁断の木の実(知識の木tappuah、ヘブライ語)は、一般にリンゴと受け取られているが、金のtappuahという表記もあり、当時黄色のリンゴがなかったことからも、黄色に熟すアンズだとする説が有力である。
[湯浅浩史 2019年12月13日]
『日本果樹種苗協会編『あんず――特産のくだもの』(1992・日本果樹種苗協会)』▽『農山漁村文化協会編『果樹園芸大百科14――スモモ・アンズ』(2000・農山漁村文化協会)』