日本大百科全書(ニッポニカ) 「イブン・ハルドゥーン」の意味・わかりやすい解説
イブン・ハルドゥーン
いぶんはるどぅーん
Ibn Khaldūn
(1332―1406)
イスラム世界最大の歴史家。チュニスに生まれ、諸学を修めたのち、北アフリカ、スペインの諸スルタンに仕え、波瀾(はらん)万丈の政治生活を送ったが、隠退して膨大な『歴史序説』と世界史にあたる『イバルの書』を著した。その後マムルーク朝下のカイロに移住し、マーリキー学派の大法官として裁判行政に尽くしたが、たまたまティームールの西アジア遠征に対する防衛軍に加わり、ダマスカス郊外でティームールと会見した。
彼を有名にしたのは『歴史序説』に書かれた社会理論のためである。彼は人間社会を、文明の進んだ都会と、そうでない田舎(いなか)としての砂漠とに分ける。そこに住む人間は生活環境の違いから、後者の方が前者よりもより強力な結束力をもつ社会集団を形成しやすく、そこに内在する連帯意識(アサビーヤ)が歴史を動かす動因となると説く。この点、砂漠の遊牧生活を送っている連帯集団は支配権への志向をもっていて、機会に恵まれると発展し、都市に根拠を置く支配国家を征服、新国家を建設する。しかし都会に生活の場を置いたこの集団は、文明の発展とともに連帯意識を喪失し、やがて新たな連帯集団に征服される。彼は以上のような歴史理論を展開するとともに、政治、経済、社会の鋭い分析を行っていて、マムルーク朝やその後の歴史家たちに大きな影響を与えた。
[森本公誠]
『森本公誠著『人類の知的遺産22 イブン=ハルドゥーン』(1980・講談社)』▽『森本公誠訳『歴史序説』3巻(1979~87・岩波書店)』