イプセン(英語表記)Henrik Ibsen

デジタル大辞泉 「イプセン」の意味・読み・例文・類語

イプセン(Henrik Ibsen)

[1828~1906]ノルウェー劇作家思想劇社会劇などにより、近代演劇の祖とされる。作「ブラン」「ペール=ギュント」「人形の家」「民衆の敵」「野鴨」など。

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精選版 日本国語大辞典 「イプセン」の意味・読み・例文・類語

イプセン

  1. ( Henrik Ibsen ヘンリック━ ) ノルウェーの劇作家。自我の解放と確立を追求した自由思想家で、近代劇創始者といわれる。戯曲「人形の家」「幽霊」「民衆の敵」「野鴨」「ヘッダ‐ガブラー」など。(一八二八‐一九〇六

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改訂新版 世界大百科事典 「イプセン」の意味・わかりやすい解説

イプセン
Henrik Ibsen
生没年:1828-1906

ノルウェーの劇作家。リアリズム劇の確立者,近代劇の父とも呼ばれ,後世への影響は大きい。ノルウェー南東の港町シーエンに富裕な商人の子として生まれた。8歳のとき家が没落,15歳で小さな港町グリムスタの薬屋に奉公し,20歳のとき古代ローマの反逆児を描く戯曲《カティリーナ》を書いた。それを首都オスロで自費出版(1850)したおり,自らも上京し大学を受験するも失敗。労働組合運動にたずさわるが,運動弾圧の際は偶然に検挙をまぬがれた。1851年に西岸のベルゲンの新しい劇場〈ノルウェー劇場〉に座付作者兼舞台監督として招かれ,6年間をすごす。ここで書いた5編の浪漫劇はおおかたが失敗した。牧師の娘と結婚し,首都の劇場監督の地位につくが,まもなく劇場は破産し,生活は困窮した。精神的にも行き詰まり,64年に旅行奨学金を得てイタリアに行く。これが27年間の外国生活の始まりとなる。イタリアで書いた劇詩《ブラン》(1866)は,〈無か全か〉を叫ぶ牧師の姿が北欧の青年を熱狂させ,たちまち版を重ねて生活を潤した。次の《ペール・ギュントPeer Gynt》(1867)はノルウェー国民の自己満足性を皮肉った劇詩。変化に富むこの喜劇は9年後にグリーグの音楽付きで初演され大成功をおさめた。今日,19世紀のもっとも演劇的な作品の一つとされる。

 イプセンはこのあと韻文をすて,散文のリアリズム劇に向かうが,ミュンヘンで書いた《社会の柱》(1877)は資本家の偽善をあばいた問題劇として反響を呼んだ。78年2月ベルリンの五つの劇場が同時に上演している。続いて《人形の家》(1879),《幽霊Gengangere》(1881),《人民の敵En folkefiende》(1882)といった近代の代表的な〈社会問題劇〉(社会劇)によってイプセンの名は世界的になる。なかでも梅毒遺伝を扱った《幽霊》は,ゾラの提唱した自然主義演劇の典型とみなされ,どこの劇場もすぐには上演しようとしなかった。次の《野鴨》(1884)から社会問題が薄れて心理劇の傾向をみせるとされるが,近代人の自由喪失を見つめる目は一貫している。イプセンのリアリズムは,男性中心の小市民的生活に窒息させられる新しい女を描く《ヘッダ・ガブラー》(1890)で頂点に達したあと,91年に故国に戻ってから書いた《棟梁ソルネス》(1892)以下の晩年の作品では,シンボリズムの色合いを帯びてくる。特に最後作《私たち死んだものが目覚めたら》(1899)は不条理劇的雰囲気をもつ芸術家の自己審判の劇で,若きジョイスが熱烈な批評を書いたことでも有名である。イプセン劇はアントアーヌ,ブラーム,グレイン,スタニスラフスキー等リアリズムを信奉する前衛的な演劇人が好んでとり上げたが,第1次大戦の頃からその問題性は色あせて,単なる技巧派作家とみなされてくる。彼があらためて劇詩人として評価されだすのは第2次大戦後である。日本へのイプセン紹介は,92年坪内逍遥による。本格的上演の最初は1909年の小山内薫,2世左団次らによる〈自由劇場〉旗上げ公演《ジョン・ガブリエル・ボルクマン》(1896)であった。2年後の文芸協会の《人形の家》公演はノーラ役の松井須磨子をスターにし,折からの女性運動とあいまってイプセン・ブームのきっかけをつくった。夏目漱石,森鷗外,島崎藤村,有島武郎等々,多くの文学者が影響を受けており,その後もイプセン劇は新劇の重要演目として上演され続けている。
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百科事典マイペディア 「イプセン」の意味・わかりやすい解説

イプセン

ノルウェーの劇作家。近代劇の確立者。富裕な商家に生まれたが,8歳の時に家が破産,孤独癖を強める。ローマの失敗した革命家に取材した戯曲《カティリーナ》(1849年)が処女作。ベルゲン,クリスティアニア(現オスロ)で長く舞台監督,その間に《ヘルゲランの海賊》《恋の喜劇》《僭王(せんおう)たち》などを書くが認められず,劇場は破産。1864年帰らぬ覚悟でイタリアに行き,以後ドイツとイタリアで27年間を過ごす。その間劇詩《ブラン》(1866年),《ペール・ギュント》《皇帝とガリラヤ人》などの大作を出して名声があがり,散文によるリアリズム劇に転じて《人形の家》で世界を震撼(しんかん)させ,近代劇の第一人者となる。以後《幽霊》《野鴨》《ヘッダ・ガブラー》,1891年帰国後に《棟梁ソルネス》など。《私たち死んだものが目覚めたら》(1899年)が最後の作。日本文学,演劇にも大きな影響を与えた。
→関連項目アーチャーアントアーヌグライン写実主義自由劇場自由舞台中村吉蔵ブランデス森田草平ラインハルト

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旺文社世界史事典 三訂版 「イプセン」の解説

イプセン
Henrik Ibsen

1828〜1906
ノルウェーの劇作家。写実主義的な近代戯曲の確立者
二月革命の影響を受けて創作した『カティリーナ』が処女作。1850年から劇作に専念。1864〜91年の間,ローマ・ミュンヘンなどに住み,『ペールギュント』『人形の家』『民衆の敵』などの作品で社会問題を提起した。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「イプセン」の解説

イプセン
Henrik Ibsen

1828~1906

ノルウェーの自然主義の劇作家。ノルウェーの社会に不満を持ち,1864年以降27年間に及ぶ海外生活を送る。代表作は『人形の家』『ペール・ギュント』『幽霊』など。「近代劇の父」と呼ばれる。

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世界大百科事典(旧版)内のイプセンの言及

【近代劇】より

…彼と同年生れのC.F.ヘッベルは近代特有の運命悲劇の可能性を唱えた。大工親方一家の新旧道徳観の衝突による悲劇を描いた《マリア・マグダレーナ》(1844)は,イプセンの家庭劇に直接つながるものである。他方,日常的な散文台詞や筋立ての巧妙さなど形式面のリアリズムを推進したのは,18世紀末から19世紀前半にかけての娯楽劇作家たちで,ドイツのA.vonコツェブー,フランスのR.C.G.deピクセレクールに続いて〈うまく作られた芝居〉(ピエス・ビアン・フェット。…

【社会劇】より

…フランスのデュマ・フィスやÉ.オージェの劇は〈問題劇pièce à thèse〉と呼ばれたが,問題の掘下げ方は表面的だった。C.F.ヘッベルの《マリア・マグダレーナ》(1844)やB.ビョルンソンの《新婚夫婦》(1865),《破産》(1875)などに続いて,イプセンが社会劇を確立したとされる。彼は《社会の柱》(1877)で資本家の偽善をあばき,《人形の家》(1879),《幽霊》(1881)で現代の夫婦関係を批判,《人民の敵》(1882)で大衆の利己主義を告発した。…

【性格劇】より

…もちろん,性格のあり方は行動を通してうかがい知るほかないのであるから,両者の関係は相互依存的ではあるが,近代的な人間観においては人間の性格はひとつの実体としてとらえられるため,行動は性格に従属すると考えられる。イプセンの作品を典型とする近代リアリズム劇は,この意味で性格劇であるといえる。これに対して,人間の個性を認めない不条理劇などには,性格劇という概念は当てはまらない。…

【人形の家】より

イプセンの3幕戯曲。1879年12月出版,同月コペンハーゲンで初演。…

【ノーラ】より

…イプセンの問題劇《人形の家》(1879)のヒロイン。日本ではノラと呼ばれたが,原発音はノーラ。…

【ノルウェー語】より

…1814年ノルウェーは独立を回復するが,それ以後,ノルウェー独自の国語の確立は次の二つの道をたどった。一つはデンマークとの連合時代以来存在する文語を,発音・語彙に関してノルウェー語化する方法であり,H.イプセンなどの作家が使用した,このいわゆるデンマーク・ノルウェー語はリクスモールriksmålと呼ばれた。他の一つは,ノルウェー語のデンマーク語からの解放を目ざすオーセンIvar Aasen(1813‐96)が提唱した,特に西ノルウェーの諸方言を基礎とした文語の創造であり,この文語はランスモールlandsmålと呼ばれた。…

※「イプセン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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