ウィリス(読み)Willis,William

デジタル大辞泉 「ウィリス」の意味・読み・例文・類語

ウィリス(William Willis)

[1836~1894]英国の医者。1861年(文久元)公使館付き医員として来日。戊辰ぼしん戦争で官軍の治療に従事。のち、鹿児島に招かれ、医学校長・病院長となる。81年(明治14)帰国。

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朝日日本歴史人物事典 「ウィリス」の解説

ウィリス

没年:1894.2.14(1894.2.14)
生年:1837.5.1
幕末に来日したイギリス人医師。烏利士,宇理宇私と記す。アイルランド生まれ。エジンバラ大に学び,ロンドンのミドルセックス病院に勤務,外科手術に長ず。文久2(1862)年,横浜の駐日英国公使館付医官として来日。最初に来日したイギリス人医師として英国医学の導入に貢献した。生麦事件(1862)で負傷者の治療に当たる。薩英戦争(1863)に関与して薩摩藩との関係が生じ,鳥羽・伏見の戦(1868)では京都相国寺で同藩の戦傷者を治療し,当時副領事となっていた彼の外科医としての評価が定まった。明治1(1868)年,横浜軍陣病院でイギリス人医師シドールらと共に働き,さらに戊辰戦争では高田,柏崎,新潟,新発田,会津若松などで,近代的軍陣外科の威力をみせた。新政府は彼を東京の大病院での医療と医学教育に当たらせたが,イギリス人医師の招致に熱心であった薩摩藩の要請に応じ,2年に同地に移り,西南の役(1877)で同地を去るまで鹿児島医学校で教え,その中から高木兼寛,三田村一などが出た。一時離日もあったが,14年にわが国を去った。1885~92年シャム公使館付医官。26年鹿児島に記念碑が建てられた。夫人は江夏八重子で子息アルバート(宇利有平)の子孫が日本在住。<著作>『日講紀聞』『黴毒新論』『薬範』<参考文献>佐藤八郎『英医ウィリアム・ウィルス略伝』,ヒュー・コッタツイ著・中須賀哲郎訳『英国公使館員の維新戦争見聞記』,蒲原宏「ウイリスとシドール」(『医学近代化と来日外国人』)

(長門谷洋治)

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改訂新版 世界大百科事典 「ウィリス」の意味・わかりやすい解説

ウィリス
William Willis
生没年:1837-94

イギリスの医師。幕末に来日し,日本に近代西洋医学,ことにイギリス医学を紹介した。アイルランド,フェルマナー州生れ。エジンバラ大学卒業,ロンドンのミドルセックス病院の医員を経て,1862年横浜にイギリス公使館付医官として赴任したが,イギリス人医師の来日としては最も早い時期に属する。68年の鳥羽・伏見の戦で薩摩藩に招かれ戦傷兵の治療にあたったほか,横浜の軍陣病院,さらに東北の各地で大きな活躍をなし,68年東京府の大病院院長となった。69年日本は医学の範をドイツにとることとしたので,功績のあったウィリスの処遇が問題となり,政府は西郷隆盛に対処を依頼。西郷は彼を鹿児島病院院長兼医学校校長として招いて高給で遇した。その講義は《日講紀聞》などの形でのこされ,《黴毒新論》(1872)の著もあり,日本の医学・医療に大きな影響を及ぼした。75年に帰国したが,76年,81年の各年にも来日し,85年にはバンコクのイギリス公使館付医師となり,公衆衛生,医学教育に貢献,92年帰国した。妻は日本人で名は八重子。
執筆者:

ウィリス
Thomas Willis
生没年:1621-75

イギリスの医学者。ローヤル・ソサエティ会員。オックスフォード大学で自然哲学の教授となったが,のちに開業し,解剖,生理,化学を研究,1666年ロンドンに移った。ローヤル・ソサエティの有力メンバーで,R.フックやJ.メーヨーは弟子筋にあたる。1664年《脳解剖学》を著し,〈ウィリスの大脳動脈輪〉の医学用語をのこした。てんかんヒステリー重症筋無力症発疹チフス,腸チフス,流行性脳脊髄膜炎,産褥(さんじよく)熱,喘息(ぜんそく),噴門痙攣(けいれん)症,胸膜炎,百日咳,糖尿病の尿の甘味,四日熱に対するキナ樹皮の有効性など,多くの報告がある。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「ウィリス」の意味・わかりやすい解説

ウィリス

英国の医師。1861年英国公使館医員として来日。生麦(なまむぎ)事件薩英戦争で働き,さらに鳥羽・伏見の戦で鹿児島藩に招かれ,以後の戊辰戦争に新政府軍方に従軍し診療に活躍。1869年東京府大病院長となったが,同年日本は医学の範をドイツに求めることになったため,西郷隆盛の周旋で鹿児島病院長兼医学校校長となり,日本の医学の進歩に貢献した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウィリス」の意味・わかりやすい解説

ウィリス
Willis, William

[生]1837. フェルマナー,アイルランド
[没]1894.2.14.
イギリスの外科医。 1859年エディンバラ大学卒業。 61年,イギリスの駐日公使館付医官として来日。生麦事件など,攘夷による外国人負傷者の手当てを行う。 68年1月鳥羽・伏見の戦いに公使パークスの命により,京都相国寺の薩藩病院で戦傷者の治療にあたった。同年6月,大総督府に正式に雇用され,横浜の軍陣病院に勤務。東北で戦争が始ると同時に従軍,各地に野戦病院を開き,治療にあたった。 69年,東京下谷にできた医学所の教師となったが,新政府がドイツ医学採用を決定したため,西郷隆盛らの配慮で鹿児島に医学校が設けられ,そこの校長兼病院長として就任。 75年に一時帰国した間を除いて,77年西南戦争の勃発するまで,鹿児島の医学および衛生の普及に尽力した。 85年,タイのバンコクでイギリス公使館の医官となり,92年に帰国するまで,同国の公衆衛生の向上および医学の発展に大きな足跡を残した。

ウィリス
Willis, Thomas

[生]1621.1.27. ウィルトシャー,グレートベドゥイン
[没]1675.11.11. ロンドン
イギリスの解剖学者,医師。オックスフォード大学で神学を修め,のち医学に転じた。 1660年,オックスフォード大学自然哲学教授となり,66年,ロンドンで開業。臨床医として盛名を博した。著書『大脳解剖学』 Cerebri Anatome,cui accessit Nervorum descriptio et usus (1664) には,脳底部で動脈の配列が環状をしているウィリス動脈輪の記載があることで有名である。糖尿病についても,のどの渇き,多尿などその症状を詳しく記述し,「砂糖か蜂蜜が入っているかのように」尿に甘味があるといっている (74) 。

ウィリス
Willis, Bailey

[生]1857.5.31. ニューヨーク,アイドルワイルド
[没]1949.2.19. カリフォルニア,パロアルト
アメリカの構造地質学者。合衆国地質調査所に勤務 (1884~1916) 。スタンフォード大学教授 (16) 。アパラチア山脈の構造発達の解析のため,実験的に褶曲モデルをつくって,コンピーテント層,インコンピーテント層に注目し,それぞれの褶曲作用における役割を論じた。また南北アメリカ,アフリカにおける削剥作用の年代的研究でも知られている。主著に『アパラチア山脈の構造地質学的研究』 (1893) がある。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「ウィリス」の解説

ウィリス
William Willis

1837.5.1~94.2.14

幕末・維新期のイギリスの外交官・医師。北アイルランド生れ。1859年エジンバラ大学卒。62年(文久2)5月,駐日イギリス公使館補助官兼医官として来日。68年(明治元)の戊辰戦争に従軍し敵味方の別なく負傷兵を治療した。翌年,明治政府に請われて医学校および東京府大病院に勤めるが,ドイツ医学採用という政府の方針転換により,同年鹿児島医学校兼病院に転じ,一時帰国をはさんで77年3月まで同地で勤務し離日。85年シャム国イギリス総領事館医官に任じられ,92年まで在職。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「ウィリス」の解説

ウィリス Willis, William

1837-1894 イギリスの医師。
1837年5月1日生まれ。文久2年(1862)駐日イギリス公使館の医官として来日。戊辰(ぼしん)戦争で,薩摩(さつま)鹿児島藩や新政府軍の傷病兵の治療にあたる。明治2年鹿児島藩にまねかれ,医学校と病院をひらいた。14年帰国。1894年2月14日死去。56歳。アイルランド出身。エジンバラ大卒。

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旺文社日本史事典 三訂版 「ウィリス」の解説

ウィリス
William Willis

1837〜94
幕末・明治時代のイギリス人医師
1861年イギリス公使館医官として来日。戊辰 (ぼしん) 戦争に際し官軍方の軍医として傷兵の治療にあたり,日本の外科手術の発達に貢献した。軍病院・東大病院長を歴任し,のち鹿児島で医学校・病院をおこした。'81年帰国。

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367日誕生日大事典 「ウィリス」の解説

ウィリス

生年月日:1857年5月31日
アメリカの構造地質学者
1949年没

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世界大百科事典(旧版)内のウィリスの言及

【糖尿病】より

…アラビア医学ではラージーとイブン・シーナーがこの病気について述べており,16世紀のパラケルススも知っていた。糖尿病を初めて近代医学的に研究したのは17世紀のイギリスの医学者T.ウィリスであり,19世紀のフランスの医学者C.ベルナールは血糖をとりあげ,糖尿病が病理学的に解明される道を開いた。 糖尿病は文明国ほど多く,また文字に親しむ人に多いともいわれる。…

※「ウィリス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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