ゲーテの長編小説。《修業時代Wilhelm Meisters Lehrjahre》8巻(1796)と《遍歴時代Wilhelm Meisters Wanderjahre》3巻(1829)とから成っているが,両者は内容・構成の面で著しく異なっている。題名はドイツの伝統的な職人の徒弟制度の名称を取り入れ,秘密結社フリーメーソンとの関連を暗示している。
《修業時代》は,第6巻〈美しき魂の告白〉を中心に前半と後半に分かれ,主人公ウィルヘルムだけでなくさまざまな男女の人間形成の正と負の可能性を描いている。当時アメリカでは独立宣言,フランスでは大革命,イギリスでは産業革命が行われていた。そのような時代にドイツの市民階級出身の青年ウィルヘルムは,女優に恋をしたり国民劇場の創設を夢見たりしながらやがて演劇の世界に幻滅し,市民化した貴族の集りである〈塔の結社〉の人々の指導に従って実践的活動に従事しようと決意する。これに対し,古いバロック的宗教性に生きた〈美しき魂〉の女性は現世逃避に陥り,愛と詩歌と内面性のみに生きるミニョンや竪琴弾きは没落していくことになる。《修業時代》は,いわゆる〈教養小説〉の典型として,ロマン派をはじめドイツの多くの作家たちによって模倣されたが,この作品に含まれている市民性と芸術家性のいずれを高く評価するかに従って模倣の仕方が異なってくる。
《遍歴時代》は独立の作品として発表されたいくつもの短編やメルヘンのほか,手紙,日記,箴言(しんげん)などが挿入されているため形式の統一を欠き,長いあいだ過小評価されてきた。しかし注意深く分析すればどの挿入部分にも本筋におけると同様に諦念の主題が一貫して扱われており,この〈赤い糸〉を手がかりに,主人公ウィルヘルムと息子フェリックスの親子2代にわたる自由と必然,精神と自然の葛藤を理解することができる。《遍歴時代》が20世紀の小説の先駆とみなされるようになったのも,いわれのないことではない。
執筆者:木村 直司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…教養小説は,それがすぐれたものであればあるほど,こうした現実を作中に背負いこむことになり,その結果,主人公の自己形成は非常に困難な課題として描かれる。ゲーテの《ウィルヘルム・マイスター》(〈修業時代〉1796,〈遍歴時代〉1829)は教養小説の典型だとされているが,〈修業時代〉において主人公ウィルヘルムを自己形成へと導く〈塔の結社〉の人々は,〈遍歴時代〉の結末においては,理想の共同体を実現するために,ヨーロッパを離れて新世界(アメリカ)へ旅立つ。また,ヘルダーリンの《ヒュペーリオン》(1797,99)の主人公は,自由な個人の存在を可能にする理想の国家の実現をめざしてギリシア独立戦争に参加しながら,戦争の現実に絶望して隠者となり,自然の美しさのなかにわずかな慰めを見いだす。…
※「ウィルヘルムマイスター」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
5/20 小学館の図鑑NEO[新版]昆虫を追加
5/14 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新
4/12 デジタル大辞泉プラスを更新