改訂新版 世界大百科事典 「ウイキョウ」の意味・わかりやすい解説
ウイキョウ (茴香)
Foeniculum vulgare Mill.
フェンネルfennelともいう。セリ科の多年草。草高1~2mになり,葉は糸のように細く分かれ,鮮緑色で軟らかい。夏に茎頂や茎の上部の葉のつけねから花枝を出し,多数の黄色い小さな花を,傘形につける。果実は長さ7~10mmの長楕円形で,1本の柄に2個が互いに平らな面を合わせ,対になってつく。秋に果実は茶褐色に熟し,地上の茎や葉は霜にあうと枯れる。南ヨーロッパから西アジア地域の原産。今では世界中で栽培されている。日本へは9世紀以前に中国を経て渡来した。
全草に特有の芳香があり,とくに果実はにおいが強く,またやや辛みがある。最も古い作物のひとつで,古代エジプトでも栽培された。ローマ時代には若茎が食用とされ,大プリニウスの《博物誌》には,視力を増し,白内障に効くと記されている。中世には魔術の草として知られた。また,しだいにフランス,イタリア,ロシア料理のスパイスとして用いられるようになった。果実は肉類,魚類によくあい,またサラダ,ケーキに混ぜ,リキュールの着香料とされる。地中海のマルタ島産が優れた品質として著名。4~5世紀に西域から伝わった中国では,魚肉の香りを回復するというので茴香と名づけられた。インドでも利用,生産が多い。日本では長野・岩手・富山県などで生産が多い。
執筆者:星川 清親
薬用
果実もウイキョウという。精油を含み,その主成分はアネトールanetholeで,その他種々のモノテルペンからなる。そのほかに脂肪油を含む。芳香性健胃,去痰,駆風薬として,他の薬物と配合して用いられるが,漢方では胸部や腹部の鎮痛薬として応用される。
執筆者:新田 あや
伝説・シンボリズム
ウイキョウは古代ギリシア語でマラトンmarathōnと呼ばれ,マラソン競技に名を残すマラトンは,この草の群生地だったことに由来するともいわれる。イギリス,アメリカの教会では近年までこの種子を口に含み,断食の苦しみを和らげる習慣があったようである。カール大帝はこの若芽を食べることを好み,広く北ヨーロッパでウイキョウが栽培される端緒をひらいたと伝えられる。古代ローマでは強精用の食物として剣闘士に愛用された。スペインでも闘牛士がこれを用い,牛を倒したあとは力の象徴としてウイキョウの花輪を頭に飾る。また,この草を金曜日に魚と煮て食べる習慣が,ギリシア時代からあった。魚がもつ粘液質の体液を中和するためと信じられ,占星術においては双魚宮の対極である処女宮の植物とされている。花言葉は〈力〉〈賞賛される価値あり〉である。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報