オランニェ=ナッサウ家(読み)オランニェ=ナッサウけ(その他表記)Oranje-Nassau

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オランニェ=ナッサウ家」の意味・わかりやすい解説

オランニェ=ナッサウ家
オランニェ=ナッサウけ
Oranje-Nassau

オランダ王室の家系。15世紀に南フランスのオランジュ(オランダ語でオランニェ)公領が相続関係によってドイツのナッサウ家に継承されて,オランニェ=ナッサウ家となる。オランニェ公ウィレム1世ハプスブルク家に仕えてホラントゼーラント総督を務めたが,オランダ独立戦争を指導して,オランダ(ネーデルラント)連邦共和国成立の基礎を築いた。1688年名誉革命に際しては,ウィレム3世が姻戚関係から招かれてウィリアム3世としてイングランド王位についた。1815年ウィーン会議オランダ王国が成立すると,ウィレム6世が王位につき,あらためてウィレム1世と称した。ベアトリクス女王は 6代目。

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