デジタル大辞泉
「オーステンデ」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
オーステンデ
Oostende
フランス語ではオスタンド Ostende。ベルギー西部,ウェストフランデレン州の都市。ブリュッヘ西方の北海海岸に位置する。9世紀以来の小さな漁村であったが,1583年に要塞が築かれ,神聖ローマ皇帝カルル6世がオーステンデ会社を設立した 1720年代にはインド・アフリカ貿易でロンドンやアムステルダムに匹敵するほど繁栄した。ベルギーが独立した 1830年以降は海浜保養都市として名声を高め,カジノ,温泉保養所,遊歩道なども完備。ドーバー=オーステンデ航路の発着港として,中央および東ヨーロッパ向けの主要鉄道線が集るほか,ヘント=ブリュッヘ運河の起点でもあり,フランスのカレーとともに「ヨーロッパへの門」としての役割をもつ。ベルギー漁船の基地で,イセエビやカキの漁獲は有名。ほかに造船,石鹸,たばこ,鍵の製造工業もある。第2次世界大戦時にはドイツ軍の爆撃で大きな被害を受け,戦後の全面的再建によって町の性格が変ったといわれる。人口6万 8534 (1991推計) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
オーステンデ
おーすてんで
Oostende
ベルギー北西部、西フランドル州北部の港湾都市。フランス語名オスタンドOstende。人口6万7574(2002)。北海に面し、イギリスのラムズゲートと、中央ヨーロッパおよび東ヨーロッパを結ぶ幹線航路の中継点。また漁業の中心地で、エビ、カキは有名である。「海浜の女王」の呼称が示すように重要な保養地で、ホテル、貸別荘、カジノ、遊歩道などが多くみられる。造船、せっけん、たばこ製造業などもある。1720年代は、オーステンデ会社によるインド・アフリカ貿易で、ロンドンやアムステルダムに比べられるほどの繁栄をみた。第二次世界大戦中、爆撃やドイツ軍によって破壊されたが、全面的に再建された。
[川上多美子]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
百科事典マイペディア
「オーステンデ」の意味・わかりやすい解説
オーステンデ
ベルギー北西部,北海に臨む港湾都市。9世紀ごろ漁村から発展,海浜保養地でもある。ブリュージュ,ヘントと運河で結ばれ,英国のドーバーとの間に連絡船が通ずる。カキ養殖,水産加工が行われる。18世紀,ベルギー最大の貿易港となり,1722年―1727年の間,オランダ東インド会社(オーステンデ会社)の拠点が置かれていた。7万284人(2012)。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
オーステンデ【Oostende】
ベルギーの北海に面した海港都市。人口6万8397(1987)。ベルギーやドイツとイギリスを結ぶ鉄道や高速自動車道の大陸側の玄関に当たる。対岸のイギリスのドーバーとの間に1846年以来鉄道連絡船が運航しているほか,カーフェリーも多数の自動車を運んでいる。夏の保養地,漁港としても名高い。この港は,18世紀には,アントワープに代わるベルギー最大の貿易港となり,東インド貿易会社(オーステンデ会社)が1722‐27年にここを拠点に活躍した。
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報