カザン(読み)かざん(その他表記)Elia Kazan

デジタル大辞泉 「カザン」の意味・読み・例文・類語

カザン(Kazan'/Казань)

ロシア連邦タタールスタン共和国の首都。ボルガ川中流にある港湾都市。化学・機械工業が盛ん。中世にボルガブルガル人が建設し、15世紀にカザンハン国の首都になった。16世紀にイワン4世に占領され、東方進出の拠点として栄えた。クレムリン(城砦)には16世紀から19世紀にかけて建造された大聖堂、塔、イスラム寺院などがあり、2000年に「カザンクレムリンの歴史的建造物群」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。人口、行政区113万(2008)。

カザン(Elia Kazan)

[1909~2003]米国の映画監督・舞台演出家。トルコ生まれ。俳優養成学校アクターズスタジオを創設し、マーロン=ブランドジェームズ=ディーンなどを輩出した。監督作に「欲望という名の電車」「波止場」「エデンの東」など。

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精選版 日本国語大辞典 「カザン」の意味・読み・例文・類語

カザン

  1. ( Kazan' ) ロシア連邦、タタールスタン共和国の首都。ボルガ川の中流域にある工業都市。文化・経済の中心地であるとともに、交通の要衝。一五~一六世紀にはカザンカン国の首都であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カザン」の意味・わかりやすい解説

カザン(Elia Kazan)
かざん
Elia Kazan
(1909―2003)

アメリカの演出家、映画監督、作家。トルコのイスタンブールに生まれる。両親はギリシア人で、4歳のとき一家はアメリカに移住。エール大学で演劇を学び、1932年、スタニスラフスキー・システムを演技の基本として、社会意識と芸術性の両立を標榜(ひょうぼう)するグループ・シアターGroup Theatre(1931~1941)に参加、舞台監督や俳優としての経験を積んだのち演出に専念する。劇団解散後、ソーントン・ワイルダーの『危機一髪』(1942)の演出でブロードウェーに進出し、以後テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』(1947)や、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』(1949)などの名作を次々と手がけ、心理的リアリズムと称される心理に鋭く切り込むきめの細かい人物造形によって、アメリカ演劇界を代表する演出家としての地位を確立した。1947年には、多くの優れた俳優を輩出することになるアクターズ・スタジオActors Studioの設立に加わり、1960年代前半には、リンカーン・センター・レパートリー劇団Lincoln Center Repertory Theatreの演出家も務めている。

 映画界との関係もすでに1930年代中ごろには始まっていたが、『ブルックリン横町』(1945)で監督デビューし、『紳士協定』(1947)でアカデミー監督賞、作品賞を獲得した。さらに『欲望という名の電車』(1951)、『革命児サパタ』(1952)、『波止場』(1954、アカデミー賞受賞)、『エデンの東』(1955)、『草原の輝き』(1961)など多くの傑作を発表し、アメリカ映画界に一時代を築いた。1960年代以降は活動の中心を執筆に移し、自伝的小説『アメリカ アメリカ』(1962年刊、1963年映画化)、『アレンジメント』(1967年刊、1969年映画化)などを発表。なかでも、1950年代の赤狩りに際し非米活動調査委員会に協力した過去も含めて人生を総括した大部の自伝『エリア・カザン自伝』(1988)は大きな話題となった。1999年にはアカデミー賞の特別名誉賞を受賞したが、赤狩りに協力した過去への批判は根強く、ここでも賛否両論が巻き起こった。

[一ノ瀬和夫]

資料 監督作品一覧

ブルックリン横丁 A Tree Grows in Brooklin(1945)
影なき殺人 Boomerang!(1947)
紳士協定 Gentleman's Agreement(1947)
大草原 The Sea of Grass(1947)
ピンキー Pinky(1949)
暗黒の恐怖 Panic in The Streets(1950)
欲望という名の電車 A Streetcar Named Desire(1951)
革命児サパタ Viva Zapata!(1952)
綱渡りの男 Man on A Tightrope(1953)
波止場 On The Waterfront(1954)
エデンの東 East of Eden(1955)
ベビイドール Baby doll(1956)
群集の中の一つの顔 A Face in the Crowd(1956)
荒れ狂う河 Wild River(1960)
草原の輝き Splendor in the Grass(1961)
アメリカ アメリカ America, America(1963)
アレンジメント 愛の旋律 Arrangement(1969)
突然の訪問者 The Visitors(1972)
ラスト・タイクーン The Last Tycoon(1976)

『木島始訳『アメリカ アメリカ』(1964・早川書房)』『村上博基訳『代役』(1977・早川書房)』『佐々田英則・村川英訳『エリア・カザン自伝』上下(1999・朝日新聞社)』『村上博基訳『アメリカの幻想』上下(ハヤカワ文庫)』


カザン(ロシア連邦)
かざん
Казань/Kazan'

ロシア連邦西部、タタールスタン共和国の首都。ボルガ川中流左岸、カザンカ(タタール語名カザン)川がボルガ川に合流する地点にある。人口108万7000(1996)。ボルガ中流部の経済、交通、文化の中心地の一つ。革命後、重工業が発達し、第二次世界大戦中には西部からの疎開工場ができて市の工業発展を助長した。主要な工業は、機械(コンプレッサー、熱測定機、歯科医療機械、ガスレンジ)、化学(有機合成品、写真フィルム、洗剤、合成ゴム)、軽工業(毛皮製品、皮靴、縫製)、食品(食肉、酪製品、菓子、ビール)、建設(プレハブ資材、れんが)などである。

 タタールスタン共和国の教育、文化の中心地で、カザン総合大学をはじめ、航空、工科、農業、財政・経済、医科、獣医科、音楽の諸大学など、高等教育機関が多い。また、タタールスタン共和国博物館、カマル記念タタール・アカデミー・ドラマ劇場、オペラ・バレエ劇場、サーカス演技場、交響楽団などの文化施設が集中している。市街は南北に25キロメートルも延びており、ロシア人とタタール人がおもな住民である。クレムリン(城塞(じょうさい)、16~17世紀)、ペトロパブロフスキー寺院(18世紀)などの建築記念物がある。鉄道、ハイウェーの分岐点で、河港、空港があり、交通の要地でもある。

[中村泰三]

歴史

ブルガル人が13世紀後半にカザンカ川の中流に建設し、14世紀末にボルガ川近くに移された。モスクワ公ユリー・ドミトリエビチЮрий Дмитриевич/Yuriy Dmitrievich(1374―1434)の軍により破壊された(1399)。30~40年後同所に再建され、カザン・ハン国の首都となり(1445)、ボルガ川中流の商業都市として重要な地位を占めた。モスクワ大公イワン3世による攻略は失敗したが、1552年イワン4世により占領され、ロシア人の東方進出の拠点として急速に発展した。18世紀初めにラシャ工場、造船所(ピョートル1世により創立)などが設けられた。町の労働者も加わったプガチョフの乱では、反乱軍により町の大部分が焼かれた(1774)。19世紀初めに大学が開設され、なかばにはせっけん、皮革、亜麻(あま)紡績などの大企業がおこった。1880年代からロシア革命にかけて反政府運動の一中心地になり、1917年10月ソビエト権力が樹立された。一時反革命軍により占拠されたが、すぐに奪還された(1918)。20年5月、タタール自治共和国、1991年以降、ロシア連邦のタタールスタン共和国の首都となる。

[伊藤幸男]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カザン」の意味・わかりやすい解説

カザン
Kazan, Elia

[生]1909.9.7. イスタンブール
[没]2003.9.28. ニューヨーク,ニューヨーク
ギリシア系アメリカ人の演出家,映画監督。4歳のときに一家でアメリカに移住,エール大学に学ぶ。 1932~39年グループ・シアターなどで俳優として舞台に立つ。 1940年代から演出家,映画監督として活躍。 1947年ロバート・ルイスらとアクターズ・スタジオを設立。 1962~65年ニューヨークのリンカーン・センターにあるレパートリー劇場の演出に参加,スタニスラフスキー・システムの影響を受けたメソッドに基づき,写実的でありかつ張りつめた内面を描写する舞台を手がけた。代表的演出作品は,T. ウィリアムズの『欲望という名の電車』 (1947) ,『やけたトタン屋根の上の猫』 (1955) ,A.ミラーの『セールスマンの死』 (1949) など。映画では『紳士協定』 (1947) と『波止場』 (1954) でアカデミー作品賞,監督賞をそれぞれ受賞,このほか『エデンの東』 (1955) ,『ベビー・ドール』 (1956) ,『草原の輝き』 (1961) ,自伝的小説をみずから映画化した『アメリカ,アメリカ』 (1964) などを世に送った。マッカーシズムの時代の 1952年みずからの共産党入党歴と党員の名を明かし,以降非難にさらされた。 1999年アカデミー名誉賞を受賞。

カザン
Kazan'

ロシア西部,タタルスタン共和国の首都。ボルガ川中流部につくられた人造湖の左岸,カザンカ川の流入点にある。 13世紀末タタール人により約 45km上流のカザンカ川沿岸に建設されたが,14世紀末に現在地に移り,やがて成立したカザン・ハン国の首都となって,商業,交易で栄えた。 1552年イワン4世 (雷帝) に攻略され,ロシアに併合された。シベリア開発が始ると東西を結ぶ市の交易中心地としての重要性が高まり,鉄道開通前はモスクワ以東第1の商業・文化中心地であった。 19世紀には軽工業も発展してきた。 1920年タタール自治共和国が成立してその首都となり,交通上有利な位置にあることから発展し,現在タタルスタン共和国の首都としてボルガ川流域の重要な工業都市となっている。主要工業は古くからの石鹸,皮革・製靴,アマ織物,毛皮加工などのほか,機械 (コンプレッサ,工作機械) ,化学 (合成ゴム,プラスチック,有機合成品) ,印刷などである。ロシアの,またタタルスタンの大文化中心地で,レーニンやトルストイの学んだカザン大学 (1804) をはじめ,農業,音楽,化学などの大学,科学アカデミー,オペラやバレエの劇場,交響楽団,博物館などがある。市街は南北約 25kmにわたって延び,以前は氾濫原によってボルガ川からへだてられていたが,人造湖の完成に伴い河水が市街まで迫ったため,低地は高い堤防で浸水から守られている。市内にはクレムリン (城砦,16~17世紀) ,ペテロパブロフスキー大聖堂 (18世紀) などの建築物が保存されている。ボルガ川の重要な河港であるとともに,鉄道交通の要地で,空港もある。人口 114万3546(2010)。

カザン
Cazin, Jean Charles

[生]1841
[没]1901
フランスの画家,銅版画家,陶芸家。 1868年パリの美術学校の校長。 71年イギリスへ行きフラム陶器のデザインを手がけ,また日本の陶器を研究し模作した。主要作品は風景画『フェートの記念』『旅の終り』,および宗教的な作品。

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改訂新版 世界大百科事典 「カザン」の意味・わかりやすい解説

カザン
Kazan’

ロシア連邦,ヨーロッパ・ロシアの東部,タタールスタン共和国の首都。人口111万0022(2004)。モスクワの東800km,ボルガ川に臨み,水上・陸上交通の要衝で共和国の経済・文化の中心地。機械工業・化学工業・石油加工工業・皮革工業などがさかんで,大学・専門学校が10校ある。タタール人によって13世紀半ばに建設され,15世紀半ばにカザン・ハーン国の首都となり,モスクワ大公国との抗争をつづけたが,1552年イワン4世に最終的に占領された。以後この地方の中心都市として栄えたが,1774年プガチョフの乱で破壊された。その後,帝政時代を通じてカザン県の県都で,革命後は1920年に成立した自治共和国の主都となった。革命まではヨーロッパ・ロシア東部の文化の中心地で,1804年創立のカザン大学(ロシア帝国で4番目に古い)には,L.N.トルストイやレーニンも在籍したことがあり,また歌手シャリアピンの生地としても知られる。タタール語の新聞やテレビの発行・放送も行われている。
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普及版 字通 「カザン」の読み・字形・画数・意味

山】か(くわ)ざん

華山。〔風俗通、山沢、五岳〕西方は山、なるなり。然として、西方に變するなり。

字通「」の項目を見る

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百科事典マイペディア 「カザン」の意味・わかりやすい解説

カザン

米国の映画監督,舞台演出家。イスタンブール生れ。グループシアターの演出家から1945年に映画監督となる。《欲望という名の電車》(1951年),アカデミー監督賞を得た《波止場》(1954年),《エデンの東》(1955年)等で,社会的なテーマをリアリスティックに描いた。舞台での代表作はT.ウィリアムズ《欲望という名の電車》,A.ミラー《セールスマンの死》など。また,彼が創設者の一人であるアクターズ・スチュディオはJ.ディーン,M.ブランドなど多くの俳優を輩出した。
→関連項目ブランドロビンズ

カザン

ロシア,タタールスタン共和国の主都で重工業都市。ボルガ川左岸の河港。機械,化学,毛皮加工,繊維などの工業が行われ,油脂コンビナートはロシア屈指。13世紀中期に創設,14世紀末45km南の現在地に移転。15世紀にはカザン・ハーン国の主都。16―17世紀のクレムリン(城。2000年世界文化遺産に登録),トルストイ,レーニンが学んだ大学(1804年創立)がある。113万3642人(2009)。
→関連項目イワン[4世]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「カザン」の解説

カザン
Kazan'

ヴォルガ川中流域の都市。ロシア連邦内タタールスタン共和国の首都。キプチャク・ハン国の流れをくむカザン・ハン国の首都であったが,イヴァン4世(雷帝)に征服された。タタール人が多く住み,イスラーム寺院も多い。ロシア革命後,タタール自治共和国の首都であった。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

日本の企業がわかる事典2014-2015 「カザン」の解説

カザン

正式社名「株式会社カザン」。英文社名「KAZAN Co., Ltd.」。情報・通信業。平成8年(1996)「株式会社レオ・アペックス」設立。同12年(2000)現在の社名に変更。本社は東京都港区新橋。システム開発会社。業務支援システムの開発を行う。ほかに物流業務請負・出版事業も展開。

出典 講談社日本の企業がわかる事典2014-2015について 情報

世界大百科事典(旧版)内のカザンの言及

【カザン・ハーン国】より

…トルコ語ではKazan Han。国名は,1445年以来カザンを首都としたことによる。住民は,おもにトルコ系のブルガールとフィン・ウゴル系の諸民族とからなっていたが,全体としてはトルコ・イスラム文化が優勢であった。…

※「カザン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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