日本大百科全書(ニッポニカ) 「カトー(大)」の意味・わかりやすい解説
カトー(大)
かとー
Marcus Porcius Cato Censorius
(前234―前149)
古代ローマ、共和政中期の将軍、政治家。文人としても有名。中部イタリアのトゥスクルム出身。第二ポエニ戦争に従軍したのち、「新人」として政界に登場し、諸官職を歴任したのち、紀元前195年のコンスル(執政官)、翌前194年のコンスル代理官としてスペインを統治した。スキピオ一族と対立しつつも、その後も政治、外交面で活躍したが、とくに前184年にはケンソル(戸口総監)としてローマの道徳、社会、経済の立て直しを図った。雄弁家としても知られ、属州統治、対外政策にも国粋主義、保守主義の立場から論陣を張った。とくにヘレニズム化の風潮に対して、古ローマの質実剛健さの回復を説いた。最晩年には、第三ポエニ戦争直前に主戦論を唱えている。文人としては、ラテン散文学の祖といわれ、ラテン語で書かれたローマ最古の歴史書『起原論』Origines(7巻)と『農業論』De Agri Culturaがあるが、前者は散逸した。
[長谷川博隆]