クエン酸回路(読み)くえんさんかいろ(その他表記)citric acid cycle

改訂新版 世界大百科事典 「クエン酸回路」の意味・わかりやすい解説

クエン酸回路 (くえんさんかいろ)
citric acid cycle

トリカルボン酸回路TCA回路),クレブス回路ともいう。イギリスの生化学者クレブスH.Krebsが1930年代の後半に発見した回路。サイトソール(細胞質基質に相当する細胞の分画成分)でグルコースあるいはグリコーゲンから嫌気性条件下で解糖反応系で生成したピルビン酸が,酸化的脱炭酸反応によってミトコンドリアマトリックスでアセチルCoAを生成すると,次にオキサロ酢酸と縮合してクエン酸が生成するステップから,このクエン酸回路が始まる。アセチル基がオキサロ酢酸に供与されたあと,アセチルCoAはHS-CoAに変わる。クエン酸シンターゼが触媒するこのアルドール縮合と,これに続く加水分解反応が終わると,クエン酸はアコニターゼの働きでシス-アコニット酸を経てイソクエン酸に変わる。イソクエン酸は次にNAD⁺を補酵素とするイソクエン酸デヒドロゲナーゼの作用で酸化的に脱炭酸され,α-ケトグルタル酸が生成する。この反応はオキサロコハク酸を中間体として進行するとされている。次にα-ケトグルタル酸はNAD⁺とCoAの存在下にα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ複合体の作用でスクシニルCoAに変化し,同時にCO2を放出する。スクシニルCoAはオルトリン酸GDPの関与のもとに,スクシニルCoAシンテターゼの作用でそのチオエステル結合の切断が起こり,コハク酸,GTP,CoAが生成するが,このスクシニルCoAの加水分解の自由エネルギー⊿G°′はATPとほぼ同程度で,-8kcal/molにおよぶ。コハク酸は次に,FADを補酵素とするコハク酸デヒドロゲナーゼの作用でフマル酸に変わり,フマル酸はフマラーゼの作用でリンゴ酸に変わる。リンゴ酸はNAD⁺を補酵素とするリンゴ酸デヒドロゲナーゼの作用で再びオキサロ酢酸を生成することとなる。こうしてクエン酸回路が一回転すると,次の反応式に示される収支となる。

 アセチルCoA+3NAD⁺+FAD+GDP+Pi+2H2O─→2Co2+3NADH+FADH2+GTP+2H⁺+CoA

エネルギーの収支を計算してみると,クエン酸回路から酸化的リン酸化反応にいたるステップまで考慮すると,次式に示されるようにグルコース1molからATP36molが生産された結果となり,このうち,クエン酸回路以降で実に34molのATPがつくられたこととなる。

 グルコース+36ADP+36Pi+36H⁺+6O2─→6CO2+36ATP+42H2O

クエン酸回路が回転することのエネルギー代謝としての意義はこれで十分に理解できたが,これに加えて,生体物質の供給のうえでも,この回転は必要不可欠であることを忘れてはならない。解糖系の酵素の場合と同様に,クエン酸回路もいくつかのステップで自動調節が行われる。たとえば,ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体は酵素的リン酸化反応による共有結合的修飾で活性を調節され,イソクエン酸デヒドロゲナーゼはADPによるアロステリックな活性化を受ける。反対にNADHは阻害効果を示し,NAD⁺,Mg2⁺,ADPの酵素への結合は協同的に相互作用する。
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百科事典マイペディア 「クエン酸回路」の意味・わかりやすい解説

クエン酸回路【クエンさんかいろ】

TCA回路,クレブス回路,トリカルボン酸回路などとも。糖や脂肪酸などの有機物が呼吸により完全酸化される最も重要な回路。動物のみでなく,生物界に広く存在する。解糖で生じたピルビン酸はアセチルCoAとなって本回路に入り,オキザロ酢酸と結合してクエン酸になる。以後脱炭酸,脱水素を受けながら回路状の反応系を一巡し,その結果1分子のピルビン酸から3分子の二酸化炭素,2分子の水,15分子のATPを生じる。約10種ほどの酵素が関係するが,これらは細胞質中のミトコンドリアに統一ある酵素集団として存在し,作用の点から酸化的脱炭酸酵素群と脱水素酵素群とに分けられている。
→関連項目アスパラギン酸グリオキシル酸回路クレブスビオチンフマル酸リネン

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「クエン酸回路」の意味・わかりやすい解説

クエン酸回路
くえんさんかいろ

TCA回路の別名で、脂肪、炭水化物、タンパク質などのエネルギー代謝においてもっとも重要な経路。この回路の最初の反応の産物がクエン酸であることから命名された。

[馬渕一誠]

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栄養・生化学辞典 「クエン酸回路」の解説

クエン酸回路

 TCA回路,TCAサイクル,クレブス回路,クレブスサイクル,トリカルボン酸回路,トリカルボン酸サイクルともいう.物質代謝およびエネルギー代謝の中心的な重要な代謝経路.活性はミトコンドリアに存在.アセチルCoAが二酸化炭素と水へと酸化されATPを生成する.回路ではアセチルCoA1分子につき15分子のATPが生成する.

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法則の辞典 「クエン酸回路」の解説

クエン酸回路【citric acid cycle】

「クレプスサイクル」のページをご覧ください。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クエン酸回路」の意味・わかりやすい解説

クエン酸回路
クエンさんかいろ

「TCA回路」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のクエン酸回路の言及

【クレブス】より

…これは酵素のサイクル反応によって,アンモニアが尿素として放出される過程である。イギリスでG.ホプキンズの研究チームに加わってから,サイクル反応の着想は呼吸の反応にも生かされて,オキサロ酢酸が炭素化合物(アセチルCoA)を取り入れてクエン酸となり,二酸化炭素を放出しつつオキサロ酢酸に戻るというクエン酸回路(TCA回路,クレブス回路)の大筋をも確立した(1940)。1954年オックスフォード大学教授。…

【呼吸】より

…呼吸とは酸素が直接に基質を〈燃やす〉のではなく,基質から奪われた水素が酸素と出会うことであるとの理解が,こうして整ってきた。細胞内で水素を授受する機構については,セント・ジェルジなどもモデルを提出したが,H.A.クレブスのクエン酸回路(1937)が正しい回答をあたえた。第2次大戦後の研究の発展で,呼吸の反応成分はすべてミトコンドリアに局在することがわかった。…

【代謝】より

… (1)解糖 グルコースが嫌気的に分解して,ピルビン酸,ATP,NADH各2分子を生成する経路で,主として細胞質で進行し,各種生体物質の生合成に必要な炭素骨格の供給と,エネルギー源としてのATPの生産を行う。(2)クエン酸回路(TCA回路) 解糖系につづく好気性のエネルギー代謝回路で,主としてミトコンドリアで営まれる。炭水化物,アミノ酸,脂肪酸などがアセチルCoAを経て代謝され,ATP12mol,NADH3mol,FADH21mol,GTP1molが生成する。…

※「クエン酸回路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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