日本大百科全書(ニッポニカ) 「ケシ」の意味・わかりやすい解説
ケシ
けし / 芥子
opium poppy
[学] Papaver somniferum L.
ケシ科(APG分類:ケシ科)の越年草。茎は直立し、高さ0.5~1.5メートル、上部ですこし分枝し、折ると白色の乳液を出す。葉は緑白色、無毛で葉柄はなく、茎の上部につく葉は長い心臓形で基部は茎を抱き、茎の下部につく葉ほど大きく細長い。縁(へり)には不規則な欠刻状の鋸歯(きょし)がある。5月ころ、枝の先端に花を単生し、つぼみは下を向いているが、開花時は上を向き、1日でしぼむ。萼片(がくへん)は青みのある灰白色、楕円(だえん)状舟形で2枚あるが早く脱落する。花弁は4枚で大きな広倒卵形、色は白、紅、紫色など変化があり、雄しべは多く、花の中心に短い柄(え)をもつ雌しべが1本ある。多心皮からなる子房は扁球(へんきゅう)形で縦線が7~15本走り、花柱は同数の切れ込みがある円板状をなし、子房の上にかぶさる。果実は未熟なときは淡緑色で白粉を帯びており、熟すと黄褐色となり、光沢がある。径数センチメートルに達し、花柱の下部に小孔を生じ、風に揺られるとその孔から種子が落ちる。種子は小さい腎臓(じんぞう)形で、数が非常に多く、白色または黒色である。これを芥子の実(ポピーシード)と称し、古くから料理に用いられている。
乳液中にモルヒネ、コデイン、テバインなど約25種のアルカロイドが存在し、それらが鎮静、鎮痛、鎮咳(ちんがい)、麻酔、止瀉(ししゃ)作用をもつので薬用として栽培される。また種子に脂肪油を50%も含んでいるのでそれを、食用や油絵の具用の芥子油として用いる。ケシおよびセティゲルム種の未熟果実から得た乳液を乾燥したものをアヘン(阿片、鴉片、opium)といい、トルコ、エジプト、イラン、インド、インドシナ半島、中国などで多く採取される。日本ではその栽培、乳液の採取、アヘン製造、販売などは「麻薬及び向精神薬取締法」「あへん法」によって厳しく制限され、花が美しいからといって庭に植えることも禁止されている。観賞用のヒナゲシ、オニゲシなどは葉の切れ込みが深く、基部が茎を抱かず、全体に毛が多く、はっきりした緑色であるから容易に区別できる。アヘンは、未熟な果実の表面に縦または横に数本の浅い切り傷をつけ、乳管を切断し、数分後に滲出(しんしゅつ)した乳液の凝固したものを竹べらでかき集め乾燥したものである。成熟した果皮(アヘンをとった残殻)を漢方では罌粟殻(おうぞくこく)と称して、鎮咳、鎮痛、止瀉剤として用いる。
[長沢元夫 2020年2月17日]
文化史
新石器時代のスイスの湖上住居遺跡から、食用にされたらしいケシの一種セティゲルムP. setigerum DC.の果実と種子が出土している。ギリシア時代には、すでに果実の催眠性が知られていた。ケシの名は「芥子(かいし)」から由来したが、中国の本来の芥子はカラシナの種子である。日本には平安時代にもたらされ、ケシの種子を焚(た)いてその香りを衣服に移したことが『源氏物語』に載る。江戸時代には観賞以外に、若葉を野菜として、また種子を炒(い)って食用にした。
[湯浅浩史 2020年2月17日]