ロシア出身のユダヤ系画家。7月7日、ロシアのビテプスク(現在はベラルーシ共和国の都市)のユダヤ人地区に生まれる。郷里の画塾で学んだのち、1907年サンクト・ペテルブルグの帝室美術奨励学校に入学。翌1908年にはレオン・バクストの美術学校に入って、ヨーロッパ近代美術に関する知識を初めて得た。1910年、代議士ビナベルMax Vinaver(1863―1926)の援助でパリに出、1914年まで滞在。その間、モンパルナスの通称「ラ・リュシュ」(蜂(はち)の巣)に住み、モディリアニ、スーチン、ドローネーらを知り、さらには詩人のサンドラール、アポリネール、カニュドRicciotto Canudo(1877―1923)らと親交を結んだ。また、1911年のアンデパンダン展に初出品。1914年にはベルリンのデア・シュトゥルム画廊で個展を開くためドイツを訪問、その足で故郷に戻るが、第一次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)によってそのままロシアにとどまる。翌1915年にはベラ・ローゼンフェルトBella Rosenfeld(1895―1944)と結婚、これはシャガールの絵の重要な霊感源となる(ベラは1944年に死亡)。1917年に十月革命が起こると、ビテプスクの地区美術委員に任命され、さらに美術学校を創設する。マレービチやリシツキーを教授に招くが、やがてマレービチと意見を異にしたため、1920年には職を辞してモスクワに移り、国立ユダヤ劇場の壁画装飾などで活躍した。1922年にはベルリン、1923年にはパリに戻る。
画商ボラールAmbroise Vollard(1866―1939)の依頼でゴーゴリの『死せる魂』の挿絵を手がけるなど、しだいにエコール・ド・パリの有力画家として注目されるとともに、その幻想的な作風はシュルレアリストから高く評価された。1941年、ニューヨーク近代美術館の招きで渡米、第二次世界大戦中はアメリカで亡命生活を送り、バレエの舞台装置や衣装を担当したりもした。1947年、フランスに永住すべくふたたびパリに戻り、1950年には南フランスのバンスに居を定める。1952年、バランチーヌ・ブロドスキーValentina Brodsky(1905―1993)と再婚。名声は世界的なものとなり、20世紀絵画を代表する巨匠として揺るぎない地位を獲得する。1966年にはバンスを去ってサン・ポール・ド・バンスに移り、1985年3月28日同地に没した。その制作活動の幅は広く、油彩、グワッシュをはじめ、版画、パリのオペラ座の天井画(1964)、エルサレムのハダッサ病院のシナゴーグのステンドグラス、彫刻、陶器、舞台装飾にまで及んでいる。
個人的でしばしば自伝的な内容、ロシアへの郷愁、ユダヤ特有の伝統や象徴に対する敬愛の念など、彼の作品の基調は初期にすでに決定していたといってよい。パリでの色彩の発見、キュビスムの影響、サンドラールやアポリネールら前衛詩人との接触は彼の芸術の新たな滋養となった。色彩や形態において自然主義的な考えに束縛されず、イメージを詩的に構成する。キュビスムの影響はやがて色彩の横溢(おういつ)する、より自由なスタイルに道を譲り、以後その幻想的、寓意(ぐうい)表現は大きな変化を被ることはない。ときにそのあまりに個人的な内容は、作品を単なる詩的な謎(なぞ)にもしかねないが、空想的表現と豊かな色彩は、見る者の心を自由に飛翔(ひしょう)させる不思議な魅力を秘めている。ニースにシャガール美術館があり、『聖書のメッセージ』の作品群(1969~1973)を収めている。
[大森達次]
『マルク・シャガール著、三輪福松・村上陽通訳『わが回想』(1965・美術出版社/朝日選書)』▽『竹本忠雄解説『現代世界美術全集17 シャガール』(1970・集英社)』▽『ヴェルナー・ハフトマン著、酒井忠康訳『シャガール』(1976・美術出版社)』
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エコール・ド・パリの画家。ロシアのビテプスクにユダヤ人として生まれ,ペテルブルグに学ぶ。1910年パリに出,アポリネール,M.ジャコブ,R.ドローネー,モディリアニら詩人,画家と知り合う。14年に帰国し,第1次大戦とロシア革命後も祖国にとどまるが,23年来再びパリに住む。第2次大戦中はアメリカに亡命,戦後は南仏で制作する。作風は初期にはキュビスムの影響を受けたが,シュルレアリスムの先駆者として,花束,ビテプスクの思い出,恋人たちなどのイメージを駆使し,愛,祝婚,戦争と平和などを豊かな色彩と奔放な幻想によって描き続けた。J.deラ・フォンテーヌの《寓話》,《ダフニスとクロエ》,聖書などの版画集や天井壁画,舞台装置の制作,自伝《わが生涯》の執筆など広範にわたる活躍が知られる。
執筆者:中山 公男
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