改訂新版 世界大百科事典 「ショウブ」の意味・わかりやすい解説
ショウブ
Acorus calamus L.
サトイモ科の夏緑の多年草で全草に芳香があり,根茎を漢方では白菖,欧米ではrhizoma calamiの名で広く薬用にされていた。英名はsweet flag,(sweet)calamus,sweet root,sweet rush。根茎は太く,地表を横にはい,2列互生に葉を出す。葉は線形で,アヤメ類の葉に似て折りたたまれ,表面側で合着した単面葉で,基部は葉鞘(ようしよう)となる。長さ40~150cm,幅2~3cmほど,はっきりした中肋がある。春,葉間から花茎を出し,円柱状の肉穂花序に多数の花を密につける。仏焰苞(ぶつえんほう)は,形が通常葉に似て小さく,花序をつつむことはない。花は両性花で,淡緑色,内外3枚ずつの花被片,6本のおしべと1本のめしべを有する。子房は3室で,各室の上端部から10個あまりの胚珠が垂下する。湿地を好み,東アジア,マレーシアからヨーロッパおよび北アメリカに広く分布し,東アジアには染色体数が四倍体のものが,インドやヨーロッパには三倍体のものが,また北アメリカには二倍体の系統が多い。
秋から冬にとり,乾燥した根茎は痛み止めや芳香性健胃剤に使われ,約3%の精油を含む。葉の形は似ているが,ハナショウブやアヤメとはまったく別種の植物である。
セキショウA.gramineus Solandはショウブに似ているが,常緑で葉の中肋ははっきりしない。東アジアの亜熱帯から暖温帯に分布し,斑入り(ふいり)品種や小型のアリスガワゼキショウは観賞用に栽培され,またショウブと同様に薬用とされる。ショウブに菖蒲の字をあてるが,これは中国ではセキショウをさす。
執筆者:堀田 満
民俗
古くは〈あやめ〉〈あやめぐさ〉と呼ばれ,これに菖蒲の字をあてたことから,のちに〈しょうぶ〉と呼ばれるようになった。《万葉集》には,〈菖蒲(安夜売具佐(あやめぐさ))〉は〈蓬(よもぎ)〉や〈花橘(はなたちばな)〉とともに〈玉蘰(たまかずら)〉にされたと詠まれており,招魂や長寿のまじないとされた。平安時代には,《枕草子》や《蜻蛉日記》に見られるように,五月節供に軒にショウブとヨモギをふいて魔よけのまじないとした。このほか,ショウブをまくらの下に敷いて寝たり,ふろや酒に入れて菖蒲湯や菖蒲酒にした。また貴族の間では,菖蒲蘰や菖蒲冑をつけ,腰には菖蒲刀をさしたり,〈菖蒲合せ〉といって根の長さを競って歌を詠む遊びも行われた。これらの古代,中世の風習は,のちには民間でも行われるようになり,子どもたちは〈菖蒲打ち〉を行ったりした。菖蒲には強い香気があり,葉が剣の形をしているため,古くから魔よけとして使われ,邪気を払うと信じられた。実際,根を煎じたりおろしたものは,胃,解熱,ひきつけ,創傷などの民間薬とされた。本来五月節供は女の家という所があるように,田植を前にしてショウブやヨモギをふいた家に女が忌みこもる行事であったが,ショウブが尚武や勝負に通じるため,武家の時代には男の節供とされるようになった。昔話の〈食わず女房〉や〈蛇婿入り〉譚(たん)には,五月節供にショウブやヨモギを使う由来譚が伴っている。
執筆者:飯島 吉晴 中国では,日本において,その形状と芳香から,主として陰暦5月5日の端午節に邪気を払う呪物(じゆぶつ)とされた。〈水剣草〉の別名もあるように,葉が剣に似ているため,これを門に挿し,またヨモギを鞭(むち)に見立てて,ともに悪鬼を撃つの象とし,〈蒲剣蓬鞭〉と称した。端午にはまた,ショウブの根を刻んだり屑(くず)にしたりしたものを,酒に浸して飲む風習が宋代からあり,これを〈菖蒲酒〉とよんだ。やはりその香気によって邪を払う意味で,日本の〈あやめ酒〉と同じ趣意である。ただしショウブの葉や茎を浮かべて沐浴(もくよく)する菖蒲湯の風習は,中国では〈蘭湯〉で,ショウブではなかった。さらに古くはショウブのほかショウガ,アンズ,ウメ,スモモ,シソなどを刻み塩漬にして日に乾かしたものを〈百草頭〉と呼び,また糖みつに漬けて端午節の菓子としたこともあるが,今は行われない。とにかく端午のショウブについては日本での風習と共通するものが多い。
執筆者:沢田 瑞穂
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報