日本大百科全書(ニッポニカ) 「ソバ」の意味・わかりやすい解説
ソバ
そば / 蕎麦
buckwheat
[学] Fagopyrum esculentum Moench
タデ科(APG分類:タデ科)の一年草。古くから利用されてきた穀類の一つで、救荒作物の一つともされてきた。また蜜源(みつげん)植物としても利用される。茎は高さ0.6~1.3メートルでよく分枝し、一面に凹みをもち、内部は中空である。葉は互生し、三角形に近い心臓形で、袴(はかま)状の托葉鞘(たくようしょう)がある。茎上部の数葉には葉柄がない。夏から秋、枝先に短い総状花序を出し、多数の花をつける。花は直径約6ミリメートルで、花弁のようにみえる5枚の白または紅色の萼(がく)、8~9本の雄しべ、1本の雌しべからなる。ソバの花は異型しべ現象(異型花柱性)を示し、雌しべ(花柱)が長く雄しべ(花糸)が短い長柱花と、雌しべ(花柱)が短く雄しべ(花糸)が長い短柱花とがあって、長柱花どうしあるいは短柱花どうしでは受精しない。果実は三角錐(さんかくすい)形、黒褐色あるいは銀灰色で、1000粒でも16~35グラムしかない。
冷涼な気候でよく育ち、生育期間は2~3か月と短く、早生(わせ)の夏ソバと晩生(おくて)の秋ソバの生態型が区別できる。土壌はあまり選ばず、適応性があることから、いろいろな作付体系のなかに組み入れられている。
現在(2017)の主産地はロシア(152万4280トン)、中国(144万7292トン)、ウクライナ(18万0440トン)、フランス(12万7406トン)、カザフスタン(12万0379トン)などで、3万トンを産する日本もおもな生産国である。国内では北海道が全国の半分以上を生産し、長野、栃木、茨城、福島の諸県も産地である。
そばや菓子などとしての利用以外に、普通の脱穀では実が砕けるので、一度水に浸し、蒸熱してから乾燥、脱穀するパーボイル的な方法でそば米(まい)にし、煮食あるいは米と混炊して食べる。またアルコール原料としてそば焼酎(しょうちゅう)がつくられる。ソバを蜜源植物とした蜂蜜(はちみつ)は、暗褐色で特有の風味がある。幼植物は野菜としても食べ、茎葉は緑肥や青刈り飼料とされる。そば殻(がら)は、枕(まくら)の詰め物として親しまれている。ドイツではビール醸造のほか蒸留酒の原料とされるが、ヨーロッパやアメリカでは主として乳牛、ブタの飼料とされる。
[星川清親 2020年12月11日]
起源と伝播
栽培ソバの起源地は、東アジア北部、バイカル湖付近から中国東北部に至る地域とされてきたが、近年、多くの研究から、カシミール、ネパールを中心とするヒマラヤ地方、中国南部の雲南地域からタイの山地にかけて東西に細長く分布する野生ソバが発見された。この野生種には二倍種と四倍種の2型が分布しているが、栽培ソバはすべて二倍種であること、また野生二倍種の分布は野生ソバの分布地域のうち、雲南地域に限られていることから、栽培ソバの起源地は雲南地域であることが確実となった。この野生ソバは宿根性の多年生である以外は栽培ソバと酷似している。
栽培ソバには2種あって、日本、ロシア、中国、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、南アメリカ、アフリカなど世界に広く栽培されている普通ソバF. esculentum Moenchと、中国、ヒマラヤ地域で一部栽培されているダッタンソバF. tataricum Gaertnがある。ダッタンソバは普通ソバに比し苦味が強いのでニガソバともいい、食用以外にも飼料として利用される。中世のころ韃靼(だったん)人によってヨーロッパに導入されたため、この名がついた。これらの2種の栽培ソバは前記の野生種から起源されたもので、同一祖先野生種から分化した。
中国南部の雲南地域で野生種から栽培種が成立したことから、中国における栽培はかなり古いとみられるが、史料としては7~9世紀に初めてその記録がみられる。また日本へは中国から朝鮮半島を経て伝えられた。もっとも古い記録として『続日本紀(しょくにほんぎ)』に、養老(ようろう)6年(722)に干魃(かんばつ)が起き、将来に備えてソバ栽培を奨励したとある。ヨーロッパの記録は14世紀にドイツでみいだされ、17世紀にはヨーロッパ各地に伝播(でんぱ)している。アメリカには1625年以前にオランダ植民によって導入され、続いてカナダに伝播した。
[田中正武 2020年12月11日]
『新島繁編著『蕎麦の事典』(1999・柴田書店)』▽『本田裕著『ソバ――条件に合わせたつくり方と加工・利用』(2000・農山漁村文化協会)』▽『高橋邦弘著『高橋邦弘の蕎麦大全』(2004・日本放送出版協会)』▽『片山虎之介著『ダッタン蕎麦百科』(2004・柴田書店)』▽『鈴木啓之著『そばの歴史を旅する』(2005・柴田書店)』