イギリスの詩人,劇作家。オックスフォード大学を中退し,一時軍人として海外遠征に加わったこともあるが,難解で神秘的な哲学的寓意詩《夜の影》(1594)によって世に出た。その後C.マーローが未完のまま残した《ヒーローとリアンダーHero and Leander》を完結させた(1598)ほか,生涯をかけてホメロスの翻訳を完成し(《イリアッド》1611,《オディッセー》1615,全訳の出版は1616年),その華麗で力強い文体はのちの詩人に大きな影響を及ぼすことになった。劇作家としては海軍大臣一座の座付作者として出発し,喜劇《アレクサンドリアの盲乞食》(1596初演)など数編を書いたが,1600年ごろに少年劇団にくら替えし,《取次ぎ役》(1602?),《すべて愚者》(1604?),《ムッシュー・ドリーブ》(1604)など軽快なロマン的色彩の濃い喜劇と,《後家の涙》(1608?),《東行き!》(1605,B.ジョンソンおよびJ.マーストンとの合作)など風刺的な喜劇を執筆した。一方,当時のフランス宮廷の政争を題材にした2編の二部作悲劇《ビュッシー・ダンボア》(1604)とその続編《ビュッシー・ダンボアの復讐》(1610)ならびに《バイロン公チャールズの陰謀と悲劇》(1608)はいずれも,社会的倫理の規範と英雄的自我の独立を中心テーマとした重厚な作品で,少年劇団の舞台でかなり成功を収めはしたが,せりふは修辞的で人物創造に厚みがなく,全体として,古典主義的ヒューマニストであった作者の哲学が,ドラマの中に有機的に取り込まれていないうらみがある。最後の作品《フランス海軍総帥シャボー》(1635)もまた政治悲劇であるが,ここにはよりヒューマンな人間像の呈示がある。
執筆者:笹山 隆
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