日本大百科全書(ニッポニカ) 「ツバメ」の意味・わかりやすい解説
ツバメ
つばめ / 燕
swallow
martin
広義には鳥綱スズメ目ツバメ科に属する鳥の総称で、狭義にはそのうちのツバメ属をさし、さらに狭義にはそのうちの1種をさす。
ツバメ科Hirundinidaeの鳥は17属74種に分類されるが、アフリカの36種と南アメリカの23種が多い。ツバメ属Hirundoは30種で科のうちの約40%を占めるが、アフリカの23種が圧倒的に多い。南アジアには9種と少ないが、そのうちツバメH. rustica、コシアカツバメH. daurica、リュウキュウツバメH. tahiticaの分布が広い。ツバメは北極圏、南極圏を除く全世界のほとんどの陸地でみられ、コシアカツバメは北アメリカ大陸およびオーストラリア区を除くユーラシア、アフリカ大陸に分布している。リュウキュウツバメは南アジア、ニューギニアおよび太平洋の諸島に分布している。ツバメは、翼の初列風切(かざきり)が長く伸びて飛翔(ひしょう)性に優れ、尾は外側が長くいわゆる燕尾(えんび)状をなし、燕尾服の語源ともなっている。嘴(くちばし)は小さいが扁平(へんぺい)で幅広く、口が大きく開き、空中を飛びながら昆虫類を捕食するのに便利になっている。目が大きく足が小さいことも飛翔生活をする鳥の特徴である。
種のツバメは全長約17センチメートル。頭、背面は光沢ある藍黒(らんこく)色。下面は白く額とのどは赤褐色、胸に細い黒帯がある。日本では夏鳥の代表種とされ、春3、4月に渡来し人家などに営巣する。本来は自然環境の中で営巣したはずであるが、いつのころからか人家に親しみ人にかわいがられて、現在は人為的建造物以外には営巣しないようである。春の渡来は九州などでは2月、本州北部では4月であるが、1970年(昭和45)ごろからすこしずつ早くなり、近畿地方では従来は3月中・下旬とされていた初見が、近年では3月上旬が普通となっている。アジアでの繁殖地はヒマラヤ地方、中国南部地方以北、北極圏近くに至る広大な地域であり、北方で繁殖したものは冬季は北回帰線付近以南に越冬する。営巣は普通年2回で、ときに3回の例もあるが、都会地では餌(えさ)の関係のためか5月に1回きりの所もある。巣立った若鳥は、渡りを行う7、8月から10月までの間、多数が葦原(あしはら)に集結する習性がある。越冬のため南下した個体が日本に冬季も滞留する例があり、浜名湖は滞留地としてよく知られる。そのほか、千葉県、京都府、九州などの各地に例があるが、異常寒波で大量死を招くおそれがあり、救済のため飛行機で暖地に輸送された例が少なくない。
コシアカツバメは全長約18.5センチメートル。西日本には各地に普通の鳥で、4月に夏鳥として渡来し、遅くとも11月に渡去する。巣は2階以上の高層建物に好んでつくるが、ツバメの椀(わん)形に対し横に寝かせたとっくり形であるのでトックリツバメの異名をもつ。
リュウキュウツバメは全長約13センチメートル。その名のとおり琉球(りゅうきゅう)諸島で繁殖するが、分布の北限にあるため日本での個体数は多くない。しかし東南アジア一帯では多数が各地に生息する。飛翔する姿はツバメに似るが胸に黒帯がなく、翼下面の黒色がツバメと異なる。
[坂根 干]
民俗
ツバメの渡りは季節感の指標であった。中国ではツバメは春の社日(しゃにち)にきて、秋の社日に去るといい、日本でも、社日の日にはツバメが集まっているという伝えがある浜が新潟県にあった。日本ではツバメは常盤(ときわ)の国を往来するといい、縁起のよい鳥と感じていた。ギリシアには、子供たちが家々を訪れながら歌う、ツバメとともに3月がきたことを喜ぶ歌がある。スウェーデンなど北ヨーロッパでは、ツバメは9月になると水の中に引きこもるという。中国にも、ツバメは水に入ってハマグリになるという伝えがあった。ツバメは水界とかかわり深い鳥と考えられ、竜が好むので、祈祷(きとう)家はツバメを用いて竜を招き、雨を祈ったという。日本で秋田県や福島県に生きたツバメを池などに投じて雨乞(あまご)いをしたのも、同じ信仰であろう。渡りの習性から、異郷(他界)と現世を結ぶ神秘的な鳥とされたもので、アルタイ系諸民族で、ツバメが創世神話の主役を演じているのも、共通の宗教基盤によるものであろう。サハ人やアルタイ人では、ツバメに変身した悪魔またはツバメが、海底の泥をくわえてきて大地をつくったという。ツバメを水に潜る鳥とする伝承である。ブリヤート人では、ツバメが天神から火を盗んできたといい、そのお礼に、人間はツバメが家の中に巣をかけることを喜ぶという。ツバメが天界と地上と水界を結んでいる。日本でもツバメが家に巣をかけると家が繁盛するといって喜び、巣棚を用意する風習さえあった。神奈川県には新築祝いの歌に、ツバメが巣をかけて雛(ひな)をかえしたという詞章を伝えていた村もある。ツバメがお礼に巣の中に貝を残しておくという伝えは、関東や中国地方にあり、その貝は安産の御守りになるという。『竹取物語』にいうツバメの子安貝も、安産の御守りという意味である。子育てを身近にみるツバメに安産の信仰を結び付けたもので、中国でも、ツバメのきたとき、子授けを神に祈り、またツバメの卵を飲むと子供を生むとも伝える。スマトラのバタク人は、子供を授かり、災いを除くようにと、ツバメを放すという。古代ギリシアでも、家の不幸を払うために、家の中でとらえたツバメに油を塗って放す習慣があった。
[小島瓔]