改訂新版 世界大百科事典 「ティグラトピレセル3世」の意味・わかりやすい解説
ティグラトピレセル[3世]
Tiglath-pileser Ⅲ
古代アッシリア王。在位,前744-前727年。アッカド語ではトゥクルティ・アピル・エシャッラTukulti-apil-Ešarra。新アッシリア帝国の実質的な創始者。東西貿易路をおさえた北辺の強国ウラルトゥのシリア領への進出や各地へのアラム人の浸透,大貴族の専横などによる,アッシリアの40年におよぶ衰微の後に王位を奪して即位した。ウラルトゥの本拠地を征して北方に大いに領土を拡大し,西方ではアルパドを中心とするシリア諸都市の連合軍に圧勝,さらにイスラエル,ダマスクス,パルミュラを征服し,キンメリア人を討伐して,トロス山脈からシナイ砂漠まで領土を広げた。またマンナイ人,メディア人を討って東方の山岳地帯を確保した後,カルデア人のバビロニア王を打倒,自らバビロニア王(プルと呼ばれた)となり,アッシリア・バビロニア二重王国を開いた。
アッシリアの版図はこうして歴史上最大となったが,王の治世の成功は,(1)新征服地を含めて行政単位を縮小し,各州に総督を任命して王が直接監督することとした行政改革,(2)アッシュールなど大都市の免税特権の廃止などの税制改革,(3)属州や臣従王国で徴募された軍隊を主力とする職業的常備軍の設置や軍備の大幅改善などの軍事改革,(4)悪名高い大量強制移住策の精力的な実施,によってもたらされた。王はまた首都カルフ(現,ニムルド)の都市改造を行い,シャルマネセル3世の宮殿を拡大し,いっそう壮麗にした。彼は王宮を飾る浮彫石板に詳しい年代記を刻ませた最初の王としても知られる。
執筆者:山本 茂
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報