デリー

精選版 日本国語大辞典 「デリー」の意味・読み・例文・類語

デリー

(Delhi) インド北部の都市。八世紀以降、諸王朝の首都であったが、一七世紀にムガール帝国の第五代皇帝シャージャハーンが首都と定めてから飛躍的に発展する。一九一一年イギリス領インドの首都となる。ジャムナ川西岸にあり、一九三一年、南郊ニューデリーが首都として建設されてからはオールドデリーとも呼ばれる。シャージャハーン帝が建設した宮殿やインド最大のイスラム教寺院などがある。連邦直轄都市。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「デリー」の意味・読み・例文・類語

デリー(Delhi)

インドの首都ニューデリーとその周辺を含む中央政府直轄地域。
インド北部の商業都市ガンジス川の支流ジャムナ川の左岸にあり、南側に1931年にニューデリーが建設されるまでの首都。ムガル帝国の首都として発展。人口、行政区988万、都市圏1288万(2001)。オールドデリー。シャージャハナバート。

デリー(Derry)

英国北アイルランドの都市ロンドンデリーの1984年以降の正式名称、および1633年以前の旧称

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「デリー」の意味・わかりやすい解説

デリー

インド北西部,ガンガー川の支流ヤムナー川右岸の首都地域。5鉄道幹線の連絡点で,商業の中心。1911年以後英領インドの主都として建設されたニューデリー,ムガル帝国シャー・ジャハーン時代に創設された古都デリー(オールド・デリー),デリー軍事区の三つからなり,あわせて連邦政府直轄領デリー地区を形成。8世紀以降ヒンドゥー諸王国が興亡したが,1206年奴隷王朝の首都となってから発展。以後歴代ムスリム王朝の都となった。1803年マラーター戦争でイギリスに占領され,1857年インド大反乱でも被害を受けた。ムガル王宮(赤い城壁ラール・キラーに囲まれる),大寺院ジャーミー・マスジドフマユーン廟,ガンディーの墓,大学(1922年創立)がある。フマユーン廟は1993年世界文化遺産に登録。日本のODA支援などによりデリーメトロ(260kmに及ぶ都市鉄道網)の第1期62kmが2005年開通。デリー地区で1634万9831人(2011)。
→関連項目デリー・サルタナットレッド・フォートの建造物群

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「デリー」の解説

デリー
Delhi

インド北部,ヤムナー河畔の都市。広義には,デリー,ニューデリーの両都市を含む政府直轄地の地区名として用いられる。ムガル帝国シャー・ジャハーン造営したシャージャハーナーバード(1638年ないし39年宮廷部分を着工し,48年完成。56年頃までに市内の主要建築物を造営)一帯が現在のデリーに相当する。他方,1911年インド帝国の首都となり,現在インドの首都となっているニューデリーは,そのデリーの南郊にあたる。デリー・サルタナットの各王朝の都城址の多くは,ニューデリーのさらに南に広がる。デリーは,『マハーバーラタ』に描かれた昔から交通・軍事の要衝であり,9~12世紀にもヒンドゥー諸王国の都であった。各時代の数多くの遺跡が現存している。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

世界大百科事典 第2版 「デリー」の意味・わかりやすい解説

デリー【Deli】

インドネシア,北スマトラ州の地方名。隣接するセルダン,ランカット地方とともに1870年以降タバコ,次いで20世紀にゴム,ココヤシなどのプランテーション地域として発達した。オランダの植民地時代にはメダンを王都とするマレー人スルタンの小王国としてオランダの間接支配下にあったが,1946年の〈社会革命〉を機にスルタン制が廃され,北スマトラ州に編入された。その住民は本来マレー人,バタク族であったが,オランダ資本ほかによるプランテーション開発において華僑,ジャワ人が契約クーリー(苦力)として導入され,1930年までにはジャワ人,華僑が住民の多数を占めるにいたった。

デリー【Delhi】

インドの首都。連邦直轄領(面積1484km2)を形成し,行政的にはデリー(面積1398km2),ニューデリー(面積43km2),デリー軍事区(面積43km2)の三つに区分される。都市部人口は720万7000,農村部を含む人口は942万1000(1991)。ウッタル・プラデーシュ州とハリヤーナー州との州境部に位置し,東をヤムナー川,西と南をアラーバリ山地の最北にあたるデリー丘陵に囲まれたいわゆるデリー三角地にあたる。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「デリー」の解説

デリー
Delhi

インド北部,ガンジス川支流のヤムナ川河岸にある都市,また首都ニューデリーと周辺部を合わせた中央政府直轄行政地域
デリー−スルタン王朝(13〜16世紀)の時代に,イスラーム勢力による北インド支配の根拠地となり,つづくムガル帝国のシャー=ジャハーンが1648年,都をアグラからここに移してからインドの中心となった。これが現在のオールドデリーである。その後イギリスの統治時代の1911年,インド帝国の首府をカルカッタからデリーの南西の新市街に移してニューデリーと称した。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

今日のキーワード

暖冬

冬期3カ月の平均気温が平年と比べて高い時が暖冬、低い時が寒冬。暖冬時には、日本付近は南海上の亜熱帯高気圧に覆われて、シベリア高気圧の張り出しが弱い。上層では偏西風が東西流型となり、寒気の南下が阻止され...

暖冬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android