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トンガ
◎正式名称−トンガ王国Kingdom of Tonga。◎面積−748km2。◎人口−10万3000人(2011)。◎首都−ヌクアロファNukualofa(2万人,2011)。◎住民−大部分がポリネシア系のトンガ人。◎宗教−大部分がキリスト教。◎言語−トンガ語,英語(以上公用語)。◎通貨−パアンガPa'anga(オーストラリア・ドルと等価)。◎元首−国王,トゥポウ6世 Tupou VI(1959年生れ,2012年3月即位)。◎首相−ポヒバSamiuela 'Akilisi Pohiva(2014年12月就任)。◎憲法−1875年制定。◎国会−一院制(定員38,うち一般選出議員17,任期3年)。最近の選挙は2014年11月。◎GDP−3億ドル(2008)。◎1人当りGNI−2170ドル(2006)。◎農林・漁業就業者比率−37%(1990)。◎平均寿命−男69.8歳,女75.7歳(2013)。◎乳児死亡率−13‰(2010)。◎識字率−99.0%(2006)。 * *南西太平洋の島群よりなる王国。トンガ諸島(フレンドリー諸島)は,フィジー諸島南東方,南北に分布する約150の火山島とサンゴ島からなる諸島。主島はトンガタプ島で,同島北岸のヌクアロファが首都。住民のトンガ人はポリネシア人。気候は温和。農業が主で,コプラ,バナナを産する。 トンガがトゥイ・トンガ王によって統一されたのは10世紀半ばと推定されている。19世紀前半3王家間の内戦状態にあったが,キリスト教に改宗したトゥポウ1世が教会の助けも借りて1845年に全諸島を統一し,1875年憲法を制定した。1900年英国と友好条約を結んでその保護国となり,1970年6月独立。1999年9月,国連に加盟した。2006年9月,40年間君臨したトゥポウ4世が死去し,トゥポウトア皇太子がトゥポウ5世として即位。2012年トゥポウ5世の死去により,トゥポウ5世の弟トゥポウ6世が即位した。
→関連項目トンガタプ[島]|ポリネシア
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トンガ
Tonga
正式名称 トンガ王国 Kingdom of Tonga。
面積 748km2。
人口 9万8200(2021推計)。
首都 トンガタプ島のヌクアロファ。
南太平洋,トンガ諸島からなる国。フィジーの東方,サモア諸島の南方に位置。北部のババウ島,中部のハアパイ島,南部のトンガタプ島の3島と,ババウ諸島北方の孤島ニウアフォー島,ニウアトプタプ島など計 169の火山島,サンゴ島からなる。南方から北北東にかけてトンガ海溝が走る。 10世紀にはトゥイ・トンガ家の統治する王国が成立し,1616年オランダ人がトンガ諸島北部の島々に来航してからヨーロッパとの接触が始まった。 1862年ジョージ・ツポウ1世により立憲君主制が確立され,キリスト教に改宗した。 1900年イギリスの保護領となり,1970年独立,イギリス連邦に加盟した。農業国で,熱帯作物を栽培。主要輸出品はコプラやバナナなど果実・野菜類。住民の大部分を占めるトンガ人はポリネシア系で,体型,言語ともサモア諸島民に近い。公用語はトンガ語と英語。西欧の文化を多く取り入れているが,トンガ社会では血縁,身分を重視する伝統が生きている。
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トンガ
Tonga
南太平洋,ポリネシアのフィジーの南東に位置する王国。トンガタプ諸島など150以上の小島からなる。1616年に初めてヨーロッパ人が来航。18世紀末から19世紀半ばにかけて首長間の内戦が続いたが,1845年頃トゥポウ1世が国内を統一した。彼は当時としては珍しくキリスト教に改宗し,75年に立憲君主制をしいた。1900年5月にイギリスの保護領となり,70年,イギリスとの条約を改正して外交権を回復し,イギリス連邦の一員として独立した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
トンガ【Tonga】
正式名称=トンガ王国Kingdom of Tonga面積=747km2人口(1996)=10万人首都=ヌクアロファNukualofa(日本との時差=+4時間)主要言語=トンガ語,英語通貨=パアンガPa’anga南太平洋,ポリネシアにある王国。
[自然]
トンガ諸島は南北に走る2列の山脈からなっている。太平洋の深い海底から隆起しているこの山脈は,西側ではトフア,ラテなどの高い島となって海面上にそびえるが,東側ではそれより低く,山頂をサンゴ礁が覆っている。
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