ノミ(読み)のみ(英語表記)flea

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ノミ」の意味・わかりやすい解説

ノミ
のみ / 蚤
flea

昆虫綱ノミ目Siphonapteraの総称隠翅類(いんしるい)(目)または微翅類(目)ともいう。世界産の総数は2000種に近い。日本産は約75種が知られる。すべて温血動物に寄生し、哺乳(ほにゅう)類に寄生するものが全体の95%を占め、そのほかは鳥類に寄生する。哺乳類では、食虫類、翼手(よくしゅ)類、ウサギ類、齧歯(げっし)類、食肉類などに多く、鳥類では、スズメ類や各種の海鳥類に寄生するものが多く、ことに鳥類では、寄主の体よりも巣に多くみられる。

[阪口浩平]

形態

寄生生活を営むため、一般の昆虫類とは異なる特異な形態をもつ。体は左右から圧せられたような扁平(へんぺい)。体色はじみな茶褐色か黒褐色のものが多い。はねを欠くことも寄生生活をする特徴の一つである。目も一般昆虫類にみられるような複眼ではなく、単眼状の簡単な構造で、夜間に活動する動物や暗所に営巣する動物を寄主に選ぶものには、目の退化が著しく、まったく目を欠くものも多い。触角棍棒(こんぼう)状で、雌雄で形が違い、触角溝とよばれる溝に収められる。寄主の毛やはねの間をすばやく移動するために、頭や前胸部、ときに腹部にも棘歯(きょくし)(櫛(くし))をもつものが多い。口は、寄主から吸血するため、刺螫(しせき)、吸引に適した構造をもつ。跳躍に適した後肢をもつものでは、その部分の筋肉の発達が著しいだけでなく、その一部にレジリンresilinとよばれるタンパク質の一種が含まれ、その強力な弾性を利用するものがいる。ヒトノミケオプスネズミノミなどにもレジリンが含まれる。また、腹部末端上部には、感覚板sensilium, pygidiumとよばれる特殊な感覚器官があり、寄主の接近を探知するといわれている。寄生性昆虫の特性として、雌雄ともに生殖器官の発達が目だつ。雌は例外なく雄より大形で、俗に「ノミの夫婦」といわれる。多量の吸血後や卵巣の発育した雌では、雄の数倍の大きさに達する種類もある。

[阪口浩平]

吸血のメカニズム

ノミが寄主の体から吸血するときには、頭をほぼ垂直に寄主の体表に近づけ、鋭利な小あご内葉を体内に挿入する。小あご内葉は、内部に上咽頭(じょういんとう)を抱き込むような姿勢で寄主の血管に達する。そのとき頭にある2個のポンプが作動して、1個は血液の凝固を防ぐことのできる唾液(だえき)を寄主の血管中へ送り、ほかの1個は唾液の混じった血液を吸い込む目的に使われる。ポンプには発達した筋肉が付着する。吸い込まれた血液は、食道を通り、多数のとげが密生した前胃、さらに中腸とよぶ部分へ移されて、消化、吸収される。

[阪口浩平]

跳躍のメカニズム

跳ねようとするノミは、頭を低く保ち、3対の脚(あし)を縮めてしゃがみ込むような準備姿勢をとる。後肢の腿節(たいせつ)が持ち上がると、側弧とよぶ部分に蓄えられたレジリンが圧縮される。それと同時に、後肢基節にある留め金が腹部前縁にあるくぼみに、中胸側部にある別の留め金が後胸側部にあるくぼみに挿入される。寄主の動物が接近するのを待って、セットされた留め金を外すと、圧縮されていたレジリンの助けを借りて筋肉が一斉に作動する。このようにして、ノミは冷たい雪や氷の上からでも、ただちに跳躍することができる。

[阪口浩平]

生活史

ノミ類は、卵→幼虫→蛹(さなぎ)→成虫と完全変態をする。ヒトノミの卵は光沢のある白色楕円(だえん)形で、1回に約10卵、3か月以上産み続けて400個以上の卵を産む。幼虫は乳白色のウジ型で、目と脚がなく、運動は体節の屈伸曲折と、尾端の突起で行い、3回の脱皮(3齢)で蛹になる。幼虫は寄生生活をせず、寄主の皮膚の落屑(らくせつ)物、固まった血液、糞(ふん)、寄主の巣中のほこりなどを食べて成長する。幼虫は蛹になる前に唾腺(だせん)から絹糸様の糸を吐き、周辺のほこりなどを集めて簡単な繭をつくり、その中で蛹になる。蛹になっても繭をもたない種類もある。羽化は温度や湿度にもよるが、最短で7日である。ツバメのような渡り鳥の巣に寄生するノミでは、ツバメが渡去した不在の間は蛹のまま経過し、ツバメの帰来を待って一斉に同時に多数のノミが羽化して吸血する習性がある。この際、ツバメの翼や足の振動が羽化刺激となる。ヒトノミの寿命は適温で300~500日。ノミの成虫が寄主の接近を知るのは、まず腹部上端にある多孔性の感覚板で空気の振動を感じ、頭を寄主のくる方向へ向ける。次に、この感覚板または頭部の別の感覚器で寄主の吐く二酸化炭素を感じ、さらに接近した動物の体臭によって、本来の寄主であるか否かを確認すると思われる。それらの器官の位置が触角にあるとする説が有力であるが、詳しいことは未知である。ヒトノミは、寄主の体表にほとんど毛がないのに適応して、棘歯を欠くが、中肢、後肢が跳躍に適し、雄は垂直距離25センチメートル、雌は15センチメートル、水平距離で雄40センチメートル、雌36センチメートルの記録がある。

[阪口浩平]

種類

ヒトノミPulex irritansはヒトに、イヌノミCtenocephalides canisはイヌに、ネコノミC. felisはネコに寄生するが、相互に移行しやすい。寄主のいなくなったイヌノミやネコノミは、ヒトを襲うことがあり、山小屋や海水浴場などで突発的に大発生してヒトを刺すことがある。イエネズミ類には、ヤマトネズミノミMonopsyllus anisus、ヨーロッパネズミノミNosopsyllus fasciatus、メクラネズミノミLeptopsylla segnisなどが多い。ケオプスネズミノミ(別名インドネズミノミ)Xenopsylla cheopisは、ペストの主要な伝播(でんぱ)者として知られる。以上の種類は、日本に普通にみられる。スナノミTunga penetransは、アフリカや、南アメリカの熱帯地方で、ヒトや家畜の足裏などの皮下に侵入して豆粒大(約1センチ)に肥大し、ときに潰瘍(かいよう)をおこさせる。

[阪口浩平]

ノミの媒介する病気

ケオプスネズミノミを主要な伝播者として知られるペストは、ペスト菌を病原体とする。元来ペストは、ノネズミ類、ツチリス、タルバガンなどの齧歯類の伝染病であるが、病獣から吸血したノミの前胃内でペスト菌が生存繁殖して、それが吐き出されてヒトに伝えられる。現在も中国、インド北部、アメリカ合衆国西部などの野生獣にペストが常在している。発疹(ほっしん)熱も本来ネズミの病気で、ノミによってヒトに伝わるリケッチア性疾患である。シラミが媒介する発疹チフスに似るが、症状の激しいわりに危険は少ない。そのほか、ノミを中間寄主とする条虫症がある。ノミ類の刺螫吸血により発赤、腫脹(しゅちょう)を生じ、かゆみがあとに残り、化膿(かのう)したり、また他病の原因となる。

[阪口浩平]

ノミのサーカス

ヒトノミが演者となるノミのサーカスは、ヒトノミの頭部と前胸部の間を細い針金でくくって、逃げないようにし、拡大鏡で見せる演芸である。旋回、跳躍、索車(さくしゃ)、綱渡りなどの曲目があり、パリに始まったこの地球最小のショーは、ロンドン、ストックホルムなどヨーロッパ諸都市に広がった。日本へ渡来したのは、香港(ホンコン)の董守経(トンシヨウチン)一座のもので、俗称「トミーのサーカス」とよばれ、1960年(昭和35)9月に横浜市で公演したのが最後のものである。コペンハーゲン市のチボリ公園にもノミのサーカスの常設館があったが、現在では両者ともとだえてしまった。その原因には、適当な後継者がなかったことや、殺虫剤などの影響でヒトノミが激減したことがあげられる。

[阪口浩平]

民俗

岩手県や宮城県には、6月1日に、蚤送り(のみおくり)といって、ノミを駆除する行事があった。草の葉を座敷にまき、それを掃き集めて川に流す。ノミはそれに乗って海に流れていくといい、そのとき用いる草の葉を蚤の船とよぶ。長崎県壱岐(いき)島でも、アブラナが実ると、そのさやに乗ってノミがいなくなるといい、さやを蚤の船といった。外国にも、ノミ除(よ)けの呪法(じゅほう)はいろいろある。イングランドでは、3月の初めにノミが戻ってくるといい、その日に窓を閉め、戸口の階段を掃いておくと、その年はノミがこないという。またノミ除けに、アメリカ合衆国では落雷した木の破片を、アイルランドではオランダハッカあるいはジギタリスを用いる風習もあった。

[小島瓔


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