精選版 日本国語大辞典 「パレストリーナ」の意味・読み・例文・類語
パレストリーナ
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イタリアの作曲家。本名はジョバンニ・ピエルルイジだが、生地とされる地名にちなみパレストリーナと呼び習わされている。ローマで音楽教育を受け、一時ローマ近郊のパレストリーナの町で活躍したが、1551年以後、教皇庁礼拝堂聖歌隊をはじめ、ローマの主要な教会やセミナリオなどで活躍し、ローマで生涯を閉じた。パレストリーナは、ミサ曲、モテトゥス、オッフェルトリウム、イムヌス、マニフィカートなど、多種類のラテン語宗教作品を数多く残し、16世紀後半における最大の教会音楽家の1人とされているが、同時に、マドリガーレやカンツォーナなどのイタリア語による世俗作品も残した。その作風は、15世紀末以来のフランドル楽派の作曲家たちが用いてきた通模倣様式を基本とし、それに和声的な要素を巧みに組み込んだもので、順次進行の多い滑らかな旋律とも相まって、全体として、透明で清澄な美しさをたたえた性格をもっている。代表的な作品に、『ミサ・アスンプタ・エスト・マリア』、モテトゥス『谷川慕いて』、同『スターバト・マーテル』『インプロペリア』などがあり、それらは17世紀以後、教会音楽の手本とされるに至った。
[今谷和徳]
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…古代ローマのラテン人の都市。現在のパレストリーナPalestrina。ローマから東南東約30kmのアペニノ山中の高く涼しい場所にあった。…
…16世紀末のL.マレンツィオやC.ジェズアルドのマドリガーレは特に大胆な半音階和声を駆使して強烈な感情表現を行い,世紀末的頽廃の香りさえただよわせ始める。16世紀後半のイタリアではまた,ローマのG.P.パレストリーナが教皇庁礼拝堂を中心に清澄な響きのうちでカトリック教会音楽の理想像を実現する一方,ベネチアのサン・マルコ大聖堂では,アンドレアとジョバンニの両ガブリエリを中心に二重合唱の技法や声と楽器の協奏様式が発達して,来たるべきバロック時代を準備する。16世紀の音楽に著しい多様化の傾向は,宗教改革によっても助長された。…
…ただし,他の宗教にも数多くの宗派宗旨があるように,キリスト教にも,カトリックとプロテスタントの二大教会の別があり,それぞれの内部に数多くの教派があって,音楽的伝統も一様ではない。芸術的に見た場合,それらの中でとくに重要なのは,パレストリーナやベートーベンのミサ曲によって代表されるローマ・カトリック教会,バッハのカンタータや受難曲によって代表されるルター派のドイツ福音主義教会,パーセルのアンセムやヘンデルのオラトリオによって代表される英国国教会,ボルトニャンスキーの教会コンチェルトによって代表されるロシア正教会などである。 イエス・キリストの生涯を書き記した新約聖書の福音書には,ただ1ヵ所だけ音楽に言及した個所がある。…
…この手法は16世紀のモテットやミサ曲で多く用いられ,17~18世紀のフーガへと結晶する。教会旋法に基づく〈旋法的対位法modal counterpoint〉は16世紀後半のパレストリーナで頂点に達した。全音階的な順次進行を主体とする各声部の滑らかな動き,協和音の響きを重視して,不協和音の使用を厳しく制限した清澄な響きは,カトリック教会音楽の理想とたたえられた。…
…続くフランドル楽派の時代には,各声部が互いに対等に同一旋律の模倣を行う通模倣様式が確立された。声楽ポリフォニーの頂点は16世紀後半のローマ楽派のパレストリーナによって築かれ,その豊かでなめらかな様式は,その後の対位法の規範となった。同じ頃ベネチア楽派においては器楽ポリフォニーの芸術も開花した。…
※「パレストリーナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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