資本主義社会における,自らの労働力を賃金と引換えに資本家に売る以外に生活の手段をもたない,賃金労働者階級全体を指すマルクス主義の基本概念。〈無産階級〉ともいう。これに対し,階級としての資本家はブルジョアジーと呼ばれる。プロレタリアートを構成するのは,経済外的強制を受けないという意味で奴隷と,また生産手段を所有していないという意味で手工業者や農民と区別される,近代的工業労働者である。
語源的にみるならば,プロレタリアートという語は,古代ローマにおける最下層民を指すラテン語プロレタリウスproletariusから派生したものであるが,中世末以来ヨーロッパでは,〈財産を持たないその日暮しの人々〉という一般的な意味でも用いられていた。とくにドイツにおいては,伝統的な身分制社会において一定の枠内で生存を認められていたにすぎない〈賤民〉が,その枠をこえて増加し,1830年代から40年代にかけ大きな社会問題を引き起こすや,この社会層がプロレタリアートという語で呼びならわされた。
1840年代初頭に始まるK.マルクスの思想形成史上の主要課題の一つは,当時の社会通念であった社会的下層民という意味でのプロレタリアート概念を,資本主義社会によって生み出されながらそれを揚棄し無階級社会をつくる運動の主体となる階級として,理論化する作業であったともいえる。人類の普遍的解放の担い手という意味でのプロレタリアート概念の〈哲学的発見〉,F.エンゲルスの《イギリスにおける労働者階級の状態》(1845)などを通しての,資本主義の母国イギリスにおけるプロレタリアートの実状と運動の認識,さらに〈共産主義者同盟〉の組織化を通しての革命運動への参与が,その作業の里程標をなす。48年革命へ向けての〈共産主義者同盟〉の綱領として起草され,〈万国のプロレタリア団結せよ〉という結語をもつ《共産党宣言》は,1840年代のマルクス,さらにはエンゲルスの思想形成過程の一つの到達点を示すものである。この革命が挫折したのち,マルクスのプロレタリアート概念は,《資本論》に結実する資本主義社会における資本-賃労働関係の経済学的分析を主軸に,これにさまざまな社会評論や,革命・労働運動とのかかわりから生まれた綱領的文書における政治運動としての階級闘争の分析をからませつつ,練り上げられていく。
マルクス以後のマルクス主義の歴史においては,マルクスにみられるプロレタリアートの二つの概念規定,すなわち経済的概念規定と政治的ないし運動論的概念規定の関係,さらには,それ自体変化し発展する資本主義社会における階級構成の変化を理論的にいかに把握するかという問題が,さまざまな論争,対立を生み出してきた。19世紀末の資本主義の変容という現実を前に,E.ベルンシュタインが,中間階級(中間層)のブルジョアジーとプロレタリアートへの両極分解論,プロレタリアート絶対的窮乏化論として理解されたマルクスの階級理論を批判し,いわゆる〈修正主義論争〉を引き起こしたのもその一例である。
理論を現実に近づけようとするベルンシュタインとは逆に,V.I.レーニンは現実のプロレタリアートのもつ〈自然発生性〉と,革命運動の主体としてのプロレタリアートのもつべき〈目的意識性〉の乖離(かいり)を問題とし,〈革命党〉の指導によるこの乖離の解消を説いた。1917年のロシア革命は,歴史上初めてプロレタリアートが権力を奪取し社会主義への道を開いたものとされるが,レーニンが期待したヨーロッパにおける革命は実現せず,第1次世界大戦後のヨーロッパ資本主義社会の再編は,むしろプロレタリアートの資本主義社会への統合の方向へ進んだ。
資本主義社会分析の一つの方法的概念としてのマルクスのプロレタリアート概念をめぐる議論は,現代においても継続され,1950,60年代の先進工業国の〈高度経済成長〉の結果,新中間層が台頭し,マルクスのいうプロレタリアートはもはや存在しないという主張がなされる一方,いわゆる〈従属理論〉の流れを汲む第三世界のマルクス主義者のなかからは,低開発の存在を不可欠とする〈世界資本主義〉の枠組みのなかで,マルクスの階級論を蘇生させようとする試みが生まれている(従属論)。また,マルクスの生きた19世紀ヨーロッパのプロレタリアートについての歴史的研究においても,階級概念を構成する経済的・政治的要因と並び,生産と消費に分化した彼らの日常生活や家族関係,さらには広く労働者文化といった社会的要因を分析対象に組み込むことによって,本来きわめて重層的な存在構造をもつプロレタリアート像を解明し,プロレタリアート概念を再検討する作業が進められつつある。
→ブルジョアジー
執筆者:川越 修
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古代ローマの十二表法で,最下層民をさすプロレタリウスなる語に由来。資本主義の発展とともに都市貧民層をさしてしばしば使用される。マルクスは,資本主義のもとでブルジョワジーに対立する階級としての賃金労働者をさすものとして,その歴史的位置を明確にし,生産手段から切り離され,自己の労働力を売る以外に生活を維持できない存在で,資本主義の変革の担い手と規定した。
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[マルクスとエンゲルスの階級論]
サン・シモンの時代のフランスはなお産業革命の本格的展開の直前にあたっていたので,彼のいう〈ブルジョア〉は近代産業の所有者・経営者ではなくて法律家・軍人・金利生活者のことであり,〈産業者〉というのは近代産業の労働者ではなくて農業者・製造業者・商業者のことであった。これに対して,産業革命以後の社会における階級構造を,近代的大企業の所有者・経営者としてのブルジョアジーと,その下で生産活動に従事する労働者としてのプロレタリアートとの二大階級から成るものとし,農民・小工業者・小商人・小金利生活者などの中間階級はしだいにプロレタリアートに転落していく,という新たな定式化を提出したのが,マルクスとエンゲルスの《共産党宣言》(1848)であった。マルクスとエンゲルスが当時立てていた見通しによれば,資本主義の発展とともにブルジョアジーは強大になるけれども,これにともなってプロレタリアートはそれよりはるかに大量になり,組織化され,ブルジョアジーに対する闘争力を高め,最後にはプロレタリアートが階級闘争の勝利者になる,とされた。…
…同時に,カエサル独裁以前のカエサル,ポンペイウス,クラッススの三頭政治,フランス革命のジャコバン党,ドイツのナチスやソ連のボリシェビキ党=共産党など,グループや政党と結びつけて独裁が語られる場合もある。マルクス主義においては,資本主義社会における政治はたとえ民主主義形態をとっていてもその本質は少数のブルジョアジーの独裁であるが,社会主義社会は多数者である労働者階級の独裁=プロレタリアート独裁であり,真の民主主義である,とする階級独裁理論がとられてきた。
[古代ローマのディクタトル]
独裁dictatorshipの語自体は,古代ローマのディクタトル(独裁官)の制度にはじまる。…
※「プロレタリアート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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