ボディ・アート(読み)ぼでぃあーと(英語表記)body art

翻訳|body art

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ボディ・アート」の意味・わかりやすい解説

ボディ・アート
ぼでぃあーと
body art

身体を素材としたコンセプチュアル・アート。1960年代終わりごろから1970年代を通して、ヨーロッパや北米で盛んに行われた。しばしばパフォーマンスアートと同一視されるが、ボディ・アートは苦痛や不快感を伴う身体への暴力や拘束を行い、観客との間にサディスティック=マゾヒスティックな関係が生じる場をつくることで、人間心理の暗部や社会生活に内在する支配と被支配の関係を視覚的、感覚的に表出させようとした。

 代表的なアーティストは、オランダのマリーナ・アブラモビックMarina Abramovic(1946― )とウーライUlay(1943―2020)のユニットオーストリアのバリー・エクスポートValie Export(1940― )、オーストラリアのステラークStelarc(1946― )、イタリアのジーナ・パーネGina Pane(1939―1990)、ドイツのレベッカ・ホルン、イギリスのクリス・バーデンChris Burden(1946―2015)、テリー・フォックスTerry Fox(1943―2008)、アナ・メンディエタAna Mendieta(1948―1985)、ギルバート・アンド・ジョージ、アメリカのブルースナウマン、ポール・マッカーシー、ビト・アコンチなどである。またヘルマン・ニッチHermann Nitsch(1938―2022)、オットー・ミュエルOtto Muehl(1925―2013)、ギュンター・ブルスGünter Burs(1938―2024)、ルドルフ・シュワルツコーグラーRudolf Schwarzkogler(1940―1969)によるウィーン・アクショニズム(1960年代初頭にウィーンで結成された過激なパフォーマンスを特徴とするグループ)の、血や動物を使った儀式的パフォーマンスや、1964年のオノ・ヨーコによる『カット・ピース』などが先駆と考えられる。

 ボディ・アートのパフォーマンスは、しばしば観客の良識に挑戦した。たとえばアコンチのパフォーマンスでは、人間が自らの身体をコントロールする力が試され、他人との関係によって揺らぐ主体の不確定性がさらけ出される。1970年の『トレード・マーク』では、彼は自分の身体の、届く限りの箇所を噛(か)んで痣(あざ)をつけ、そこに、印刷用インクを塗り、それをいろいろな場所に転写した。アブラモビックは、1974年にナポリで行われたパフォーマンス『リズムO』で、テーブルの上に快楽と苦痛を与えるさまざまな道具を置き、観客がそれらを使って彼女に何をしてもよいという設定をつくった。観客は剃刀(かみそり)で彼女の服を切ったり、皮膚を切りつけたりした。その後アブラモビックはウーライと共同でパフォーマンスを行うようになる。1976年ベネチア・ビエンナーレで発表された『空間における関係性』は、58分間2人がヌードですれ違い、軽く接触するという作品である。

 消費社会の娯楽である性と暴力の作用を観客の目の前で発現させるのが、ボディ・アートの一つの特徴であった。たとえば、バーデンは『シュート』(1971)で、友人に自分の腕をライフル銃で撃たせ、パーネは『公開された身体』(1975)で足指の間を剃刀で切った。また、エクスポートは『触って味わう映画』(1968)で、裸の胸の周りに箱を設置し、通りを歩き、協力者のメディア・アーティスト、ペーター・ワイベルPeter Weibel(1944―2023)が通行人に、箱の穴から彼女の胸に触るよう呼びかけた。女性の性がスクリーンで見世物にされるかわりに、現実に触れるものとして観客に差し出されることで、観客は逆に、性を窃視的娯楽とすることができなくなった。

 ホルンのボディ彫刻では、苦痛や告発よりも、人間の身体の有機的な働きを強く実感することが目ざされた。マッカーシーのパフォーマンスはアメリカ特有の食品や玩具を使って、ウィーン・アクショニズムの血みどろの儀式と、アメリカ的エンターテインメントのスラップスティック的なパロディを見せる。そこにはアメリカの大衆消費社会の典型的商標やメディア文化のイコンを取り込みながら、アメリカで精神形成することに伴う心理的苦痛や快楽を劇化するパフォーマンスの萌芽(ほうが)が現れていた。

 ボディ・アートは、一般的にベトナム戦争や性革命など1970年代の世相を反映していたと考えられている。同時に、身体とは近代社会や文化を構成する欧米の男性中心的な権力によって規定されたものであり、そのため身体は文化に内在する矛盾を顕在化させると考える姿勢には、1970年代から1990年代に至るフェミニズム、多文化主義(マルチカルチュラリズム)、クイア・アクティビズム(ゲイ、レズビアンなどのセクシュアリティの権利獲得運動)への関心と連動した、新しい可能性が含まれていた。

[松井みどり]

『Paul Simmel, Shin-ichiro Osaki, Hubert Klocker, Guy Brett, Kristine StilesOut of Actions; between Performance and the Object, 1949-1979(catalog, 1998, Museum of Contemporary Art, Los Angeles)』

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