ペルシア起源の神ミトラスMithrasを祭神とする密儀宗教。ローマ帝国内において1世紀後半から4世紀中葉まで流行したが,キリスト教の普及とともに衰退した。ミトラスはアーリヤ人の古くからの神ミトラとは語源的に関係があるが,信仰内容では著しく異なる。前1世紀に,シリアや小アジアのギリシア化したマズダク教神官(マギ)たちがこの新宗派を樹立し,ローマ帝国成立とともにイタリアやローマ市に流布,さらにブリタニアや北アフリカ,スペイン,ライン・ドナウ両河流域へ広がった。その間に信徒組織,図像,神殿建築,教義などが成立した。
信徒たちは七つの位階に分かたれていた。それらは上から〈父〉〈太陽の使者〉〈ペルシア人〉〈獅子〉〈兵士〉〈花嫁〉〈大鴉〉と名づけられ,上位の者は入信式,位階昇級式,戦勝祈願などの儀式を指導するなど,神官を兼ねていた。このような組織は神殿ごとに存在した。ローマやアクインクムのような大都市にはいくつかの神殿があったが,地方では都市のほかに,ローマ軍団の駐屯地や要塞の城下町にあった。信徒の社会層としては,初期においては,東方系移住民,商人,下級官吏などであったが,しだいに軍団兵,中産市民,貴族階級に及んだ。ローマのミトラス神殿では国家のための大祓い式が修されたが,国教化したことはなかった。
ミトラス神殿の原型は自然洞中の聖所であったが,市街地ではバシリカ式の建築を転用して信徒の集会場所とした。ただし,神殿全体は地表面より低い床面をもち,内部は暗く,祭儀の時のみランプや松明(たいまつ)で照明された。内陣の奥にある祭壇には,〈牛を屠る神ミトラス〉の図(浮彫,壁画,丸彫など)が安置されていたが,その他の神像も発見されている。信徒たちは現世の苦難からミトラスの英雄的行為で救済されると信じていた。この宗派のキリスト教への影響については必ずしも明白でなく,どの程度の競合があったかもわからないが,キリスト教公認後,多くのミトラス神殿が故意に破壊されたことは確かである。
執筆者:小川 英雄
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ローマ帝国全域にわたって、紀元前1世紀から紀元後5世紀まで流布した密儀宗教の一派。ペルシア起源の神ミトラスMitrasを祭神とするが、この派と『アベスタ』の宗教(ゾロアスター教)との間には重要な性格の相違がある。起源は前1世紀のアナトリア(小アジア)東部やシリアにあり、そこでペルシアの宗教やヘレニズム思想の影響下に組織化され、2世紀初頭にイタリアおよびライン、ドナウ両川流域を経て各地に急速に布教された。
奇跡によってこの世に生誕した太陽神ミトラスMithrasは豊饒(ほうじょう)の根元としての牡牛(おうし)を殺し、その行為によって人類に繁栄と救済をもたらした、と信じられ、信徒たちは半地下式の神殿奥室の「牛を殺すミトラス」像(浮彫り、丸彫り、壁画など)を礼拝した。そのほかの主要な図像としては、「岩から生まれるミトラス」像(生誕図)と「獅子(しし)頭神」像(宇宙観)とがある。長方形プランをした神殿は奥室の前に列柱によって三分割された空間(左右の信者席用ベンチと中央通路)をもち、ミトラスの天界への勝利の帰還を祝う宴や入信式が催された。神官には上位の信徒がなった。信徒たちは下から大鴉(おおがらす)、花嫁、兵士、獅子、ペルシア人、太陽の使者、父という七つの位階を昇進した。
これらの名称の起源は不明であるが、ミトラス教が全ローマ帝国にわたってほぼ共通の神殿プラン、図像、信徒組織を保ったことは明らかである。文献史料に乏しく、ミトラス教徒の思想は碑文や図像から復原するほかないが、この面でもかなり組織化されていたとみられる。
[小川英雄]
『M・J・フェルマースレン著、小川英雄訳『ミトラス教』(1974・山本書店)』
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…12月25日はローマの冬至の当日であった。その日は〈征服されることなき太陽の誕生日〉として,3~4世紀のローマに普及していたミトラス教の重要な祭日であった。12月17日から24日まではサトゥルナリアと呼ばれる農耕神サトゥルヌスの祭が行われていた。…
…しかし一般国民はしだいにギリシア・ローマの神々から離れ,イタリアでも,より神秘的で現実の生活に密接にかかわり,来世の救いをも示す,東方起源の諸宗教が受容された。こうしてアスクレピオスなどに加えイシス,セラピスの崇拝,ミトラス教およびキリスト教その他多種の神々や宗教がローマ市にまで流入した。また広大な帝国各地では土着の神々が礼拝されていた。…
※「ミトラス教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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