百科事典マイペディア 「モルッカ[諸島]」の意味・わかりやすい解説
モルッカ[諸島]【モルッカ】
→関連項目インドネシア|トルデシーリャス条約|バンダ海|マレー[諸島]
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…これに対しインド洋を中心に東西を結んだ海上のルートでは,17世紀前半以前の時代に熱帯アジア諸地域産の香料(スパイス)が中心となっていたから,スパイス・ルートということができよう。例えば16~17世紀のヨーロッパ人の東洋進出の目的は,インド,スマトラ,ジャワの胡椒,スリランカの肉桂(につけい),モルッカ諸島とバンダ諸島の丁子(ちようじ)(製品としての香料が丁香である),肉荳蔲(にくずく)であった。ことにインドネシアの最も奥地で,13世紀までテラ・インコグニタ(未知の地)であったモルッカ諸島は,丁香の唯一の原産地であったから,ヨーロッパ人の東漸の最大そして最終の目的地であった。…
…一行は途中ブラジルを発見し,インドではイスラム商人の支援をうけたカリカット王と対立し,カリカットとは敵対関係にあったコーチン王と同盟を結び,コーチンに商館を開いて根拠地とした。 マヌエル王の方針は,一つはイスラム商人と対立しないような形でインドで貿易活動を行うことであり,もう一つはできる限り早くチョウジなどの産地であるモルッカ諸島に到達し,スペインに対して優先権を主張することであった。マヌエル王はまたインドにおけるポルトガル人の征服,貿易活動を統轄するために〈インド領〉を設置し,その初代副王としてフランシスコ・デ・アルメイダをインドに派遣した。…
…その結果,南アメリカの実体が明らかになるにつれて,ブラジルがポルトガルの管轄下に入ることになった。さらに,この条約は15世紀末のあいまいな地理知識にもとづいて作成されたので,のちに東洋とりわけモルッカ諸島の領有権が両国間で争われることになった。【染田 秀藤】。…
※「モルッカ[諸島]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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